契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 脅迫だ。
 しかも穏やかな笑みを湛え、人好きのする優しい声音で紡がれた毒。
 先刻花蓮が東雲に対して行っていた脅しよりも、ある意味数段酷い。
 冷酷にして腹黒。
 底知れない恐怖を希実に植え付けるには、充分な威力だった。

「彼女が佐藤さんに今日のことを全て見られていたと知ったら、プライドが高いので面倒なことになりそうです。逆恨みするのは間違いないでしょうね。飯尾さんは僕と違い、貴女の口の堅さなんて問題にしないでしょうし」
「そ、それはどういう……っ」

 想像しただけでゾッとした。
 おそらく――いや確実に花蓮は希実に対してありとあらゆる嫌がらせを仕掛けてくるはずだ。
 それこそ、こちらが退職するまで追い込むに違いない。
 ただひたすら、己の『秘密』をなかったことにするために。それには目撃者を抹殺してしまうのが一番確実。
 自分の恥ずかしい場面を見ていた『格下』の女に、彼女が容赦をするわけがない。全力で潰しにかかってくる。
 それはもう残忍に陰湿に苛め抜かれる未来が垣間見え、希実は声にならない悲鳴を上げた。

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