曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第十一話 オーシャンビュー(1)

 タクシーがホテルのエントランスに到着すると、彼はフロントを通らずに宿泊フロアへつながるエレベータへと直行した。

「最近は携帯からチェックインできるんだ」

 言い訳めいた言葉に、何気なく希空は訊ねる。

「……もしかして部屋を取ってあったんですか? ベリーダンスのお店も、ひょっとして」

 言いかけた途端、抱きしめられる。

「白状する。ベリーダンスの店に連れて行って希空を誘惑しようとは考えてた。ただ、そこまでがノープランだったのは本当。……ホテルは、希空に振られたら一人でチェックインしてやけ酒を飲もうと思ってた」

 なんだろう。ふつふつと湧き上がる思い。
 年上なのに、自分より絶対に恋愛偏差値の高い男なのに、この(ひと)が無性に可愛くて仕方がない。
 ……そんなふうに捉えてしまう自分の気持ちを、希空は不思議に思う。

 理人の腕の中からまじまじと見つめていると、男が照れた。

「なにか言ってくれないか。……ったく、もう」

 後頭部を抱えこまれて胸の中にしまいこまれる。

「女に振られた男の末路なんて、そんなもんだ。覚えておけよ、試験に出るからな?」

 拗ねたような笑顔と、自信たっぷりなのか情けないのかわからない言葉をまともに食らった。
 だめだ、この男が愛おしい。
 彼の元気がないときは、私が抱きしめて慰めてあげたい。

 なんとか男の腕の中から顔だけ出し、希空は彼の瞳をまっすぐ見て告げた。

「理人さん、好きです」 

 すると、なぜか彼はなにかに耐えるような表情になった。

「あの?」
 
 首を傾げると、はあ……と熱い息を耳に吹き込まれる。

「や、ぁん……っ」

 思わずびくりと反応してしまう。
 低い声で脅かすように囁かれる。

「二人きりとはいえ、『外』で煽るんじゃない」

 再び抱きしめられたが、男の体が熱かった。

 

 目的のフロアに到着したが、二人はかえって無言になった。
 予約されている部屋のドアの前で理人が携帯を取り出すと、リーダー機器にかざす。
 カチリと解錠された音がしたので、理人がドアを開けた。

 部屋の中は照明がついてなかったが窓はカーテンを閉められていなかったので、室内へ進んでいくうち、ゆったりした部屋だということがわかる。
 大きなクイーンベッドが目に入ってしまい、心臓が喉から飛び出しそうになる。

 慌てて視線を戻すと、窓からは夜景が見える。
 理人にも聞こえているのではないかと思えるほどの心臓の音を誤魔化すために、希空は窓に近寄った。

「綺麗……」 

 暗い夜に星屑を撒かれたようだ。
 ところどころ、ぽっかりと暗い。

「このホテルは、オーシャンビューなんだ」

 後ろから抱きしめられる。

「靴を脱ごう。疲れたろう」

 喉に絡んだ声で囁かれて、希空の緊張が最高潮に達する。

 固まって動けない彼女を理人は横抱きにした。
 そのままベッドに運ばれていき、そっと横たえられる。
 覆い被さられて、覗き込んできた男に告げられた。

「希空。好きだ」

 彼の表情までは、さすがに暗くてわからない。
 けれど、とても誠実な声だと思う。

 この人は地味でヤボったい自分を笑わないで、それどころか背筋を伸ばせと言ってくれた。
 希空が履きたくて遠慮していたヒールを履いていいと言ってくれた。
 この人は信じられる。

 希空も自然に返事をしていた。

「私も理人さんが好きです」 

 二人の唇が触れ合う。

 何度か重ねるうち、理人の舌が希空の唇をノックしてくる。
 彼女がかすかに口を開けると、舌がするりと入り込んでくる。希空の舌が理人のそれに捕まった。

「ん……」

 男が希空の頭を抱えこんできて、互いの口腔内を味わう。
 希空も理人の頭をしっかりと手繰り寄せる。

 舌を絡めあい、吸いあい、貪りあううち、どちらのものとわからぬ唾液が希空の唇からこぼれ落ちた。
 理人がその軌跡を追って行く。

 ワンピースのホルター部分をほどかれ、理人に服の上から胸にキスをされた。びくりと希空が跳ねる。

「怖いか」

 理人が静かに訊ねてきた。
 ようやく暗さに慣れてくると、彼の瞳が燃え盛っているのが見える。
 ううん、と希空は首を横に振った。

 希空を怯えさせないためだろう、理人が柔らかい笑みを浮かべてくれる。

「怖くなったら言ってくれ。……止めてやれないが、優しくするよう努力する」

「あの。私、ほぼ初心者なので。よ、よろしくお願いします」

 口のなかでモゴモゴ挨拶をしたあと、希空は男の首に腕を回した。

「嬉しいよ」

 理人が与えてくれるキスがどんどん降りて行く。
 彼の手がワンピースの裾から潜り込んできて、希空の肌をなぞる。

 男の手が希空の靴に触れてくる。
 ちゅ、ちゅ、とキスを与えられながら理人に靴を脱がされた。

「靴ずれしてないか」

「だい、じょぶ、です」

 息が上がってしまい、途切れ途切れにしか答えられない。
 理人がわざと怖そうな声で脅してきた。

「嘘を言ってると、お仕置きだぞ?」 

 かり、と足の指を噛まれる。

「ひゃんっ」 

 体が跳ねる。

 次の靴も脱がされて、希空はベッドから体を起こされた。
 万歳させられて、服を取り去られてしまう。
 愛撫を与えられつつ、下着も奪われた。

 無言で見つめられる。
 視線にジリジリと焼かれるような気がする。
 理人に体を見られるのは、とても恥ずかしい。
 せめてもと、希空は両手で胸を隠した。

「見ないで……」

 か細い声で懇願した。

 でも、見てほしくもある。
 ここにいるのは、ありのままの自分。隠していない、本当の希空だから。

「やだね」

 意地悪な声がした途端、両手を片手で握りしめられ、頭の上でシーツに縫い止められる。

 男が、自分の獲物だとばかりに希空を欲のこもった目で見ている。
 もう、希空にできることは目を瞑ることと、せめて体をよじるくらいしかない。

「希空、可愛い」

 夜景に照らされた希空を見て、理人は掠れた声でささやいた。

「こんなに綺麗で愛おしいもの、初めて手に入れる」

 理人さんの声が震えてる?
 希空は暗闇の中で目をぱっちりと開けた。

 SWANきっての『モテるパイロットナンバーワン』の異名を誇る彼が、野暮で経験値の浅い女を前にして、緊張しているなんてありえるんだろうか?

「緊張している。希空を壊しそうで怖い」

 理人自ら、伝えてくれる。

「だい、じょぶです。荷物や貨物の積み込みで鍛えてますから」

 希空の答えに、男の降りてこようとした手が止まる。

 しまった、間違えたろうか。希空は焦る。
 けれど、そんなことはなかったと。与えれられるキスの熱さと手のいやらしさに、考えを改めさせられる。

 髪、まぶた、唇、頬。胸、手、指。
 理人が体全体で希空に触れてくる。
 体ごと彼と触れ合えることが幸せだ。

 理人は四肢で体を支えているので、希空に彼の重みはかからない。
 しかし、ベッドが撓んだことで感じる、自分の周りを囲んでいる男の存在感が嬉しい。

 希空の体からくったりと力が抜けると、理人は自分の服を勢いよく脱ぎ捨てた。
 彼の逞しい裸体が夜景に浮かび上がる。
 理人の体に刻まれた陰影が、情欲を掻き立てられるほど卑猥で、そして美しい。

 彼女は思わず、こくりと唾液を飲み込んだ。

「希空」

 見上げていると、男が覆い被さってきた。

「待って……シャワー……」

 形ばかりの抵抗をしてみる。
 嫌がっていないことはバレているらしく、流された。

「後で一緒に入ろう。洗ってあげるよ」

 通常なら無理! と反論するところだ。
 けれど希空はもう、うっとりと彼に身を任せるだけ。

 理人の手と唇によって、希空の体は点々と火をともされていく。

「可愛い。俺の希空」

 男から魔法の言葉が星のように降ってきては、彼女の体にかかった鍵を次々と開けてゆく。
 理人の指が、女の待ち侘びていた場所にたどり着いた。

 あ、と。希空は声にならない声をあげる。

「大丈夫」

 理人の言葉を信じていると、やがて気持ち悦くなってくる。

 上から熱い滴が落ちてきた。
 いつのまにか閉じていた瞼をあげれば、理人の額に汗が浮いている。
 彼の欲情に濡れきった表情に、希空は微笑みを浮かべると彼の首を抱き寄せて甘えた。

「希空、愛している」

 言葉とともに、高められていた体は果てへと飛び立った。
 彼女が荒い息を繰り返している間に、理人も準備が整ったようだった。

「挿れるよ」

 囁きとともに、希空は熱い欲望を受け入れた。

 ゆさぶられて生まれた波が、また希空を快楽に運んでいく。
 そして、二人とも頂きまで上り詰めた。


「……希空」

 余韻を味わう気だるい時間、二人はぴったりと寄り添う。

「希空のこれからの時間を俺にくれないか」

 希われて、希空はハイと返事をした。
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