曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第十二話 オーシャンビュー(2)

 翌朝六時。
 夜明け近くまで睦みあっていたのに、希空はパッと目が覚めた。
 目がさめた希空は、のそのそとバスタオルを巻き付けると、窓に近づいていく。
 昨日みた大桟橋が足元に見え、遥かな水平線の上を船が動いている。

「わあ……!」

 窓からの景色に喜びの声を上げた希空を、理人は後ろから抱きしめてくれた。

「希空。これからも二人で色々な一緒に景色をみよう」 
「はい!」

 囁かれた言葉に、希空は笑顔を向けた。
 それからブルっと体を震わせた。

「風呂に入るか。そっちもオーシャンビューだそうだ」 

 理人にひょいと持ち上げれる。

「あっ、あの! 重くないですか」

 聞いてから、しまったと思う。
 一七〇センチの身長で、肉体労働をしている女が重くないわけがない。
 
「この部屋の中くらいなら大丈夫」 

 理人が言ってくれる。
 それくらいの距離ならいいか、とホッとする、

 そういえば、室内をろくに見ていなかった。……見る余裕などなかったとも言える。
 希空は恋人の腕の中から、部屋を見渡し。

「……この部屋、広くないですか」

 疑問を口にした。

 夜、部屋に入った時も確かにゆったりしているなとは感じた。

 窓からテラスに出られるようになっており、テーブルセットが置かれている。
 ベッドの足元側には、間仕切りを兼ねたTV台が置かれている。
 ……収まっているテレビの幅は二メートル近くはありそうだ。映画をみたら、かなり迫力が出るだろう。
 
 リビング部分にはカウチソファやミニバーが設えてある。
 物書き用のデスクはかなり大きめ。
 立派な家具が置かれても、まだ空間に余裕がある。

「そうかもな。このホテルは全室オーシャンビューのジュニアスイートらしいから」

「……スイート? ってことはやっぱり広い……そして、お高いのでは……?」

 理人は微妙な表情になった希空をかかえたまま、すたすたと部屋を横切る。

「到着」

 バスルームの前でおろしてくれた。どうぞというように、ドアを開けてくれる。

「わ……!」 

 希空は感嘆すると、キョロキョロ見渡した。
 
 洗面所は二人並んで使えるようになっており、洒落たチェストまで置かれている。
 一人一台のドライヤーは、おしゃれ女子御用達のハイブランドメーカー。
 アメニティも充実している。

 奥のすりガラスのドアを開ければ、二畳くらいありそうなジャグジーバスには、すでにたっぷりと湯が溜まっていた。

「いつのまに……」
「希空が感動してくれてた間だな」

 希空のアパートの広さくらいの浴室には、窓から陽光が散々と降り注いでいる。
 雲一つない空と、それより幾分濃い青色をした海が見える。

 希空は感動したあと、青ざめた。

「ごっ、ゴージャスですねっ?」

 声が裏返る。 

「満足してもらえたようだな」

 理人がさりげなく彼女をエスコートして、ジャグジーバスへ身を沈める。

「……ご満足すぎて、むしろ恐ろしいです……」

 財布の中身とつりあっていないことは確実だ。
 折半してもらっても、確実に皿洗いと床磨きまでしなければ完済できない。

「希空」

 うしろからにゅ、と腕が伸びてきて鼻をきゅっと摘まれたので、ふが、とか変な声を出してしまった。

「君の男を甲斐性なしにさせるなよ?」

 恋人が瞳をきらめかせている。
 非常に美しいはずなのに、イタズラっ子かヤンチャな悪ガキに見えてしまう。

「と、申されましても……」

 一瞬付き合ったボーイフレンドとは、全て折半だった。
 家族間でのクリスマスプレゼント交換は上限一万円まで、と決めてある。
 奢ってもらう、という単語が存在しない世界で生きてきた。
 
 なのに昨日からは、恋人に洋服や靴をプレゼントされたり。
 食事を奢ってもらったり。
 トドメにこの、ゴージャスなホテルにお泊まり。

 なにからなにまで、一昨日まで希空が暮らしていた世界と違いすぎる。

「プレゼントされるのに慣れてなくて」

「大丈夫。これから慣れるよ」

「いやいやいや、そんな恐ろしい……!」

 ブンブンと頭を横に振る。
 慣れて、馴れてしまうのは嫌だ。

「だが俺には、希空に奢る正当な理由はある」
 
 そんな理由など、聞いたことがない。
 理人と向き合う形に体の位置を入れ替えて、希空は彼のことをきっと見つめる。

「うかがいます」

 男は自信たっぷりに指を折って見せた。

「一に、君より長く働いている」

 たしかにそうだ。

「二に、多分君より高給取り」

 まちがいなく、そうだ。

「三に、これが一番重要なところだ」

 ごっくん。
 希空は思わず唾液を飲み込んだ。

「……はい」

「君の男は、ほぼ十年分の給料を貯め込んでいる、ということだ」

 恋人はしまりやさんらしい。希空はちょっとホッとする。

「そして、最重要事項。俺は、君に対して金に糸目をつける気はない」

 なにか、とてつもなく恐ろしいことを言われた……?

「覚悟しておけよ? ようやく金を使える相手に出会えたんだ。プレゼントしまくるからな」

 ウインクを寄越してきた男に、希空は慌てた。

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 理人にすがり、必死に見つめると。
 にこっと、なんとも爽やかに微笑まれる。

「大丈夫。希空の好みを無視したりはしない。俺の好みも反映させてもらうが」
 
 そういうことではない。

「男が恋人にプレゼントを贈るのには、もちろん下心(いみ)がある」

「……どんな意味ですか」

 警戒しつつ確認してしまう。
 
「聞いたことあるだろう? 『服を贈るのは脱がすため』『髪飾りは髪を乱したい』『口紅はキスしたい』とか」
 
 男の双眸が言葉と同じくらい際どい光を湛えていて、希空は顔から火を吹きそうになる。

「そう言えば、服しか贈ってないな。口紅も髪飾りも、ま、そのうちね。ランジェリーも何セットあってもいいし」

 にっこり微笑みかけられ、希空の限界値を超えた。

「……も、無理ぃ……」

 くってりと男に身を任せる。

「おっと」

 理人は嬉しそうに彼女を抱きしめながら、希空の耳に囁く。

「希空を正当に甘やかす権利を、君の父上から早急に譲っていただく」

「え?」

「希空の父上はどこに住んでおられるんだ? 都内?」

「いえ……」

 父は気象予報士として働いた後、気象大学校に教官として招聘された。
 退役したタイミングで、姉の妊娠および転勤が発覚した。
 両親は姉や姪とともに、地方空港の近くで暮らしていると、正直に伝える。

「都合よく、近くの空港へのフライトがあればいいんだが」

 難しい顔で考え込んでいる男を見つめる。
 まだ急展開についていけてないが、彼の言動は誠実だからとても信頼できる。
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