曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第三話 — 理人SIDE —

 ベッドから起き出した理人はなかば無意識に、愛しあった残滓が残るシーツをひっぺがし洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びた。

 希空が作りおきしてくれた朝食を食べ終わると、出勤の支度をするまでの時間にざっと家の中の掃除をしていたが、ずっと妻のことを考えている。

「この三ヶ月、俺が近づくと拒まれていたのに」

 妻の拒絶は、自分への嫌悪ではないことしかわからない。

 話しかければ返事をしてくれる。
 けれど、デートや愛し合うことは、それとなく拒まれている。

 レセプションで、美しい彼女に欲情している男達を横目で見ながら、誇らしくも『この女(ひと)は俺のものだ』と叫びたい気持ちに悩まされていた。

 体を突き動かす熱情に急かされるまま、希空がシャワーを浴びている浴室に乱入して、抱いてしまった。
 彼女は抵抗するどころか、積極的に理人を受け入れてくれたから、歯止めが効かなかった。
 二人にとって久しぶりの交流は、鬱々としていた理人の思考をクリアにしている。

「……希空を愛せたのは、あの日の前の晩までだった」

 会社主催の披露宴をさせられた日から彼女は、理人との交わりを拒み続けた。

「あの日、何があった?」

 彼女はたしかに緊張しまくっていた。
 それでも、己と目を合わせる時には翳りのない笑みを向けてくれた。

「思い出せ」

 希空を凍らせた原因があの日にあると確信した理人は、己に命じた。

 目を閉じて、パイロットの視力と記憶力を総動員する。
 乗客を安全に目的地に運ぶため、機長はなにごともどんな小さな予兆もみのがしてはならない。

 自分には希空を幸せにするという目的がある。

「俺は彼女を一人にさせないように細心の注意を払っていた」

 古狸どもの毒牙になど、誰が愛おしい妻を晒すものか。
 己が周囲に対して笑顔をふりまいて威嚇していたから、老害どもが連れてきた女性陣も、希空に接触してこなかったはずだ。

 理人の脳内をあの日の記憶が映像のように流れる。

「……彼女が俺より先に退場した」

 希空が介添人に手を握られて退室していき、理人も時間を見計らって披露宴会場を出て行った。
 そして彼女が白無垢に自分も羽織袴に着替えて、二人で再入場するために合流した時には、希空はもう無表情になっていた。

「そのとき、か」

 あの日の記憶を反芻していた理人の目が昏く翳る。希空が退室した後、女性が一人席を立って会場から出て行った。

「あの女か?」

 どこのテーブルに座っていた、誰の隣だった。
 理人は目を見開く。

「財務の」

 系列会社の社長令嬢とかで縁故入社した女性だった。確か、彼女の妹もSWANのCAとして働いていたはず。

「……妹がたしか、希空の吊し上げの場にいたな」

 妹は、理人とヒステリックに叫ぶ女性陣達との言い争いには参加せず、後ろでほくそ笑んでいた気がする。
 彼女達なら、希空の会社に獅子心中の虫を放つことも出来るし、飼い慣らす財力もある。

 理人と同期入社である姉はことあるごとに『自分と理人が結婚すれば、SWANグループの結びつきがより強固になる』と主張してやまなかった。 
 鬱陶しいことこの上なかったが、無視するにとどめて対策を講じずに放っておいたのが仇になった。

「……俺は君に誓ったのに。俺の唯一を不幸にしてしまった……」

 許されるなら追いかけて抱きしめて囁いてやりたい。
 俺は希空だけを愛してるんだと。 君は、パイロットになるという夢以外で、俺が初めて欲しがった女(ひと)だと。

「だが、彼女を安心させるには先にやらねばならないことがある」

 理人は黒い情熱を双眸に燃え立たせて低く呟いた。

「待ってろよ」

 彼は親友と連絡を取った。
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