プラトニックな事実婚から始めませんか?
接近



 タクシーで帰宅する誠也さんとコモンの前で別れると、歩いてマンションへと向かう。

 雪でも降ってきそうな冷たい空気に身をかがめ、肩から滑り落ちるマフラーをはね上げて、ポケットに手を突っ込む。

 祥子と暮らし始めてから、午前様の帰宅は初めてだ。彼女は明日仕事だし、もう眠ってしまっているだろう。

 祥子はどちらかというと、感情をむき出しにしない恋愛をするように感じている。束縛がきつくない彼女との生活なら、いくらでも浮気ができると思う。たとえ、位置情報を把握されていたって、その気になれば車の中でだってできるし、ホテルに行かなきゃわからない。そうやって、前の男は彼女を裏切った。

 傷ついた彼女が、俺の腕に抱かれる日はいつ来るのだろう。ああ、はやく抱きたい。眠る彼女の隣で、ただじっとその日が来るのを待つ俺は、意外と健気じゃないだろうか。褒めてやりたいぐらいだ。

 小さく笑うと、漏れた息が白い煙となって流れていく。あとを追うように目線をあげると、マンションはもう目の前だ。

 ちょっと駆け足になってエントランスへ飛び込もうとしたとき、突然視界に入った影に驚いて身を引いた。しかし、遅かったみたいだ。きゃあ、っという悲鳴と同時に、ポタポタと足もとに液体が流れてくる。
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