プラトニックな事実婚から始めませんか?
「ごめんなさいっ。熱かったですよね?」

 お気に入りのコートから、コーヒーの匂いが漂ってくる。白いマフラーを巻いた女性の手には、ほとんど空になった紙コップが握られている。

「いや、大丈夫ですよ。そっちこそ大丈夫ですか?」

 マジか。と思いつつも、笑顔でそう答える。

「ちゃんと蓋してなくて、ほんとにごめんなさいっ」

 彼女はバッグからサッとハンカチを取り出すと、濡れた俺のコートをぬぐう。

 甘い香りがするのは、彼女の香水のせいだろう。上目遣いでこちらを見る彼女の瞳と同じような甘ったるい匂い。ミニのスカートからのぞく細い足にはロングブーツ。モコモコとしたコートを羽織っているわりには胸もとがあいていて、かがむと胸のふくらみが見えそうだ。

 なんだか、誘われてるみたいだな。夜の街が似合う女なんだろう。ハンカチを汚れさせてしまったが、洗って返す、と言い出さなくてもいいだろうか。そもそも、そっちがぶつかってきたのだし。

「じゃあ、俺はこれで」
「待ってくださいっ」

 行こうとすると、袖をつかまれた。

「なに?」
「あっ、なんでもないですっ。カッコいい人だなって思っちゃって」

 ほんのりほおを染めた彼女が、恥ずかしそうに目をそらす。
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