プラトニックな事実婚から始めませんか?
 ビールが運ばれてきて、啓介は乾杯しようとしたけど、私がグラスも握らないから、あきらめた様子で、そのまま口もとに運ぶ。

「祥子、あのさ……」

 ビールを飲み終えた啓介が、気まずそうに切り出す。

「吉川綾って、知ってる?」

 私は思わず、ハッと顔をあげた。これでは、知ってると答えたようなものだ。しかし、そうは言えなくて、うつむく私に彼が手を伸ばしてくる。

「不倫相手だよな?」

 ふたたび、顔をあげる。目を合わせると、心配そうに眉を寄せる彼が、大丈夫だよと言うようにうなずく。

 おそるおそる、彼の手を握る。温かい手に触れたら、胸がほっとする。指先がすごく冷たくなってたんだって、彼のぬくもりに気付かされる。

「会ったの?」

 のどに張り付いて、うまく出てこなかった声を、ようやく吐き出す。

「めちゃくちゃ粘着されててさ」
「粘着?」

 ちょっと驚くと、困り顔の啓介は後ろ頭をくしゃくしゃとかき乱す。

「彼女は偶然だって言うんだけど、絶対、偶然じゃないよなって頻度で会うんだよ。仕方ないから、連絡先交換してさ、今日はハンカチだけ返すって呼び出して会ってた。……それは、隠しててごめん」

 思わず、逃げ出しそうになる手を彼はしっかりと握ってくる。

「ちゃんと話せなくてごめん。俺さ、きっと怖気づいてたんだ。祥子が俺を利用したんじゃないかって」
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