愛しているから、結婚はお断りします~エリート御曹司は薄幸令嬢への一途愛を諦めない~【試し読み】
 ここに母がいなかったことは不幸中の幸いだ。きっとこの話を聞いたら、どんな手を使ってでもこの話を止めただろう。

 それこそ音羽フーズの株を売ってでもだ。もう十分母には守られた。大切なものを失った時、そばにいて支えてくれた。

 自分にできることがこれだけだと思うと情けないが、できることがあるだけましだと思う。

 バッグの中から細長い皮の万年筆のケースを取り出す。貝殻の裏のような白い光沢を帯びた太軸の万年筆。今私が持っているもので一番高価なものだ。

 生活のために色々なものを売り払った。しかしこれだけはどうしても手離せなかった。なによりも大切にしている……私の心の支えだ。

 ゆっくりと表面を撫でる。インクすら入れておらず普段万年筆として使うことはない。しかし大切に常に持ち歩いている。

 いわばお守りのようなものだ。

 いつまでも頼っていないで強くならないといけない。けれどなにかあればすぐにこれを手にとってしまう。

 幸せだったあの頃を思い出すと、気持ちを強く持てた。

 どういう形であれ結婚するのならば相手に誠実でいたい。しかし心の中まで明け渡すことができるのだろうか。

 無理だろうな……だって私は、今でも万年筆の元の持ち主を愛しているもの。

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