愛しているから、結婚はお断りします~エリート御曹司は薄幸令嬢への一途愛を諦めない~【試し読み】
「うん、わかった」

 椅子から立ち上がりもう一度母の顔を見る。後ろ髪を引かれるけれど、いつまでもここにいると母もゆっくり休めないだろう。

「じゃあ、また明日来るね。検査頑張って」

 私が手を振ると、母もそれに応えて振り返してくれた。

 病室を出てナースステーションに挨拶をしてから帰宅する。明日は出勤前に入院に必要なものを届ける予定だ。

 やることも考えることもたくさんある。でもそのおかげで悲しみに暮れなくて済みそうだ。

 そう私には、ゆっくり悲しんでいる時間などない。立ち止まっている暇なんてないのだ。



 病院の最寄り駅から電車で三十分。駅からは徒歩十分の五階建てアパートの一階に私と母はふたりで住んでいる。

 築二十年、決して新しくはないがきちんとリフォームをされている2DKは、母とふたりで住むには十分だ。

 重視したのは、病院に乗り換えなしで行けること。母にとって階段の上り下りが負担になるので一階の部屋であること。家賃は予定よりもオーバーしたけれど、近くにスーパーやコンビニもありとても気に入っている。

 部屋に戻り着替えを済ませると、一番初めにしたのは母の入院の用意だ。いつもきちんと整理されているので、用意にはそれほど時間はかからなかった。

 チェストの中から、パジャマと着替えを取り出す。

 昔はたくさん服を持っていたのに……。

 父が事故で亡くなるまでは、母のクローゼットには色とりどりの洋服がたくさんあった。父がプレゼントしたものも多かったが、母自身着飾ることが好きだった。

 音羽家は代々手広く商売をやってきていた。不動産もそれなりに所有しており、資産家として有名だった。

長男が家督を継ぐことになっており父が音羽の事業をすべて取り仕切っていた。代々、家長の言葉が音羽家では絶対で皆が父に従っていた。
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