愛しているから、結婚はお断りします~エリート御曹司は薄幸令嬢への一途愛を諦めない~【試し読み】
 お金か……残るは株だけど。お母さんは施設の入居費用だと知ったら絶対に手放さないだろうな。

 お父さんとの思い出のひとつだもの。「潔くお父さんのところに行くわ」なんて言いかねない。

 私たち親子に残された残る資産は、『音羽フーズ』の株式だけ。父が起業し大きく育てた会社だ。父亡き後、父の弟である叔父の篤史が経営している。

 以前に比べたら、額面としては安くなっているが、私たち親子にとってはまとまった資産と言えるのは相続された株だけ。

 でも父の作った音羽フーズを唯一守れる株を手放すのは、母は絶対に許さないはずだ。

 父が亡くなり、残された大学生だった私とお嬢さま育ちの母が、音羽フーズを経営していくのは無理だった。

 当時副社長を務めていた叔父が社長となったのだが……私たち親子は会社だけではなく生活の基盤さえ、叔父の用意周到な策略によって奪われたのだ。

 そしてあの人との別れも……。

 怒りや虚しさ悲しみ。それまで味わったことのないありとあらゆる負の感情を抱いた。そしてなにもできない自分を責めた。

 あの人の顔が思い浮かびそうになり、慌てて頭を切り替える。

 どう考えても、母を施設に入れるのは難しい。

 昼間の派遣での事務の仕事、夜の居酒屋アルバイトとこれ以上仕事を増やすことはできない。それに、その程度でどうにかなる値段ではない。

 医師にもらったパンフレットを眺めていると自然とため息が漏れた。

 ため息をつくと幸せが逃げていくと言うけれど、逃げる幸せがあるのならまだましかとすら思う。

 なんとか前向きになろうと考えていた矢先、スマートフォンが着信を知らせた。表示された相手の名前を確認して今日の中で一番大きなため息をついた。

 相手は叔父だ。母の入院で気分が滅入っている今、応対したくないが無視するとその後がまた面倒なので通話ボタンを押す。

「もしもし」
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