破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます

短縮ルートのフラグを折る

「オスカー、ここでいいわ。保護者席のほうへ行ってちょうだい」
 入学式が行われる講堂の少し手前で足を止めた。
 
 講堂の入り口は、新入生用と保護者用に分かれている。
「わかりました。帰りはまたここで待ち合わせでよろしいでしょうか」
「うん、また後でね」
 
 新入生入り口に向かうフリをしてオスカーの様子を窺うと、彼は保護者用入り口の手前でこちらを見ていた。
 笑顔で小さく手を振ると、安心したのかオスカーが中へと入っていく。
 それを見届けると、わたしは踵を返して駆け出した。

 ハルアカにはいくつかの隠しシナリオがある。
 隠しシナリオとは、ある条件を満たすと発生するサブストーリーのことだ。
 メインシナリオや結末に大きく影響を与えるものではないが、キャラの造詣を深めることができたり裏設定が紹介されていたりと、ゲームをより楽しむことができる。
 隠しシナリオを見つけたご褒美として、レアアイテムをもらえることもある。
 
 強制力が働いているシナリオに対抗するためには、こちらから積極的に動いたほうがいい。
 先程、転倒を避けられなかったことでそれが証明された。
 だったら、この時点で確実にへし折っておかなければならないフラグがある。「最短でドリスを破滅させるルート」だ。
 
 ハルアカを一度クリアしたことのあるゼーブデータを引き継いで2周目以降を始める時にのみ進行可能になる隠しシナリオ。
 しかも発生条件はそれだけではない。
 データ引継ぎ時点でヒロインのステータス全てがMAXになっていること、金貨を一定量以上保有していることや、ミニゲームのハイスコア、合計プレイ時間など、1周目のやり込み度が高いプレーヤーデータにのみ出現する特典なのだ。
 ちなみに、2周目のキャラのステータスパラメーターや所持金が上乗せされるという特典もある。

 ハルアカは選択したキャラクターやシナリオ分岐によってさまざまな楽しみ方ができる。
 何度でも飽きずに楽しめる内容ではあるが、ゲーム開始直後の基本操作を学ぶ「チュートリアル」や世界観を説明するムービー、序盤の共通シナリオなど、もうわかっていますから! となる箇所をやり直すのは正直煩わしい。
 そこをすっ飛ばして早くオスカーの攻略に専念したいプレーヤーや、悪役令嬢のシーンは胸クソ悪いからもういいと思うプレーヤーのために用意されているのが「最短でドリスを破滅させるルート」、略して「さいはめルート」だ。
 
 さいはめルートは、貴族学校の入学式で「出会いのイベント」を終えた後まっすぐ講堂に入らず、講堂の裏手に行かなければならない。
 チャンスはその一度きり。
 
 そこには謎の商人というNPCがいて、声をかけると「おもしろい物を買わないか」と誘われる。
 NPCとはノンプレーヤーキャラクターの略称でプレーヤーが操作しないキャラクターのことを指す。
 たいていは、同じセリフを繰り返すだけのキャラクターだ。

 3人のヒロインのうち誰かがこっちへ来る前に先回りしないといけないわ!

 スカートがはしたなく揺れて足が見えてしまうのもかまわず、わたしは全力疾走した。

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