破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
 ミヒャエルとオスカーとともに鬼ごっこをして鍛えた賜物で、猛烈なスピードで講堂の裏手へ到着した。
 マイヤ夫人にも感謝しなければならない。
 みんな、ありがとうっ!
 
 講堂の裏手は木が鬱蒼と茂っている場所だ。
 そこに貴族学校に似つかわしくない小汚いローブ姿の小柄な男がひっそりと立っていた。
 フードを目深にかぶり、顔はよく見えない。
 
 さいはめルートにしか登場しないこの男がいることを憂うべきか喜ぶべきか……。
 複雑な気持ちのまま手前で足を止めて呼吸を整えると、ゆっくりと男に近づいていく。

「ごきげんよう」
「入学おめでとう、お嬢さん。おもしろい物があるんだが試しに買わないか?」
 ゲームの謎の商人とまったく同じセリフだ。
 
「全部いただくわ」
「…………」
 わたしの言葉が想定外だったのか男は何も返事をしない。
 
「もう一度言います。おもしろい物を3つとも全部わたしが買います。見せてくださる?」
「…………」
 
 男は相変わらず無言だったが、手に提げていた麻袋ごとこちらへ差し出した。
 受け取って麻袋の中をあらためると、藁人形と壺と手鏡が無造作に入っている。
 よし、これに間違いない!
 
「全部でおいくら?」
 値段を尋ねるととんでもなく法外な値を告げられたが、わたしにとってはそれも想定内だ。
 
 この2年間、コツコツお小遣いを貯め続けておいて正解だった。
 ミヒャエルから受け取ったお小遣いの中には、鉱山投資で得た利益の一部も含まれている。
 
 ミヒャエルは莫大な配当金の一部を「あの山を勧めてくれたのはドリスだから」とわたしにも分けてくれている。
 それがもっと貯まったら、次は後に「黄金鉱山」と呼ばれるようになるウクル山に投資するつもりでいるけれど、それよりもまずこの男が売っている「呪いアイテム」を買い占めないといけない。
 
 ぼったくり感あふれる価格設定ではあるが、これで「さいはめルート」が回避できるのなら安いといえるだろう。
 ハルアカではこの入学式がヒロインのスタート地点であり、1周目の新規ゲームではこの時点での所持金はゼロだ。
 2周目以降の所持金は、前回の攻略で稼いだ金貨の一部を引き継げるためこの買い物が可能になるわけだが、相当やりこんでおかないとこの「呪いアイテム」1つ買うのだって厳しい状況だったと記憶している。

 念のためと思って、多めに持ってきていて正解だったわ!
 
 ドヤ顔で大金貨がどっさり入った革袋を謎の商人に手渡す。
 「まいどあり」
 抑揚のない言葉を聞きながら再度麻袋の中を確認して顔を上げると、謎の商人の姿はもうなかった。

 呪いアイテムである藁人形・壺・手鏡はどれを使っても効果は同じで、呪いをかけた相手の悪事がバレて破滅に追い込むアイテムだ。
 これでドリスに呪いをかけると、ドリスは入学早々に素行の悪さから貴族学校を退学となりヒロインの前から姿を消すことになる。
 さらにはその後、ドリスは病死する。

 冷静に考えると、ヒロインがいきなり誰かを呪うだなんてことがあっていいんだろうか。
 相手の選択肢はドリス一択。
 出会いのイベントでドリスに邪悪なものを感じたヒロインが、彼女を救うために正義感から使用するという大義名分ならある。

 しかし藁人形なんて、どう考えても救済でも何でもないただの呪いアイテムではないか。
 
 その後のエーレンベルク伯爵家のお家騒動はダイジェストムービーで紹介されるだけとなり、ヒロインとほとんど関わらないままドリスの登場シーンが終わってしまうのが「さいはめルート」だ。

 ダイジェストなんかにされてたまるか!
 
 ちなみにわたしも前世では、ゲーム2周目にカタリナを選んで藁人形を買い「さいはめルート」をやってみた。
 
 序盤の煩わしいチュートリアルをまとめてスキップできたし、悪役令嬢のいない学園生活は平和だった。
 しかし、なんだか味気なく感じてドリスの存在感の大きさを再認識させられたものだ。
 
 だから3周目のアデルの時は、謎の商人の元へはあえて行かなかった。
 ドリスによるミヒャエルの殺害や、オスカーによるドリスの殺害を阻止できる隠しルートも存在するんだろうかとあれこれ試してみたことをふと思い出す。
 まだネットにも載っていないような隠しシナリオがあるんじゃないかとマップを隈なく歩きまわったり、NPCとの会話をメモして変化がないか確認したりと、相当な時間をかけた。
 
 そんなことを考えつつ、とりあえずこれで「さいはめルート」のフラグは無事に回避できたはずだとひと安心して講堂の入り口に戻ろうと振り返った時だった。
 驚いたことに、そこにカタリナが立っていた。
 
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