破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます

「ペンの持ち方から直した方がいいと思いますが」
 オスカーの冷ややかな声が響く。
 翌日からさっそくオスカーに勉強を教わることになり、いまこうして机に向かっているわけだが……。わたしの書く文字を見てオスカーも頬を引きつらせている。
 勉強以前の問題だと呆れているに違いない。
 うん、わたしもそう思う。

「仕方ないわ、癖なんだもの。これが一番持ちやすいの」
 これは本当だ。
 体に染みついている癖は恐ろしい。ペンの持ち方が間違っているとわかっていても、いざ書こうとすると手が自然とその持ち方をしてしまう。

 小さくため息をついたオスカーがわたしの背後に回る。
「失礼」
 短く断りをいれると、後ろから覆いかぶさるようにペンを握るわたしの手に自分の大きな手を重ね、正しい持ち方を指南してくれた。
「逆にペンがグラグラして持ちにくいわ」
「指先の力をもっと抜いて。そうです、お上手ですよ」
 手を添えたまま『ドリス・エーレンベルク』と、一緒にゆっくり綴ってくれた。

 すごい。見違えるようなきれいな文字だ。
 次はひとりでその文字をゆっくりなぞる。

「書き順が違います。上の点は最後に打ちます」
 そう言ってまた手を添えたオスカーが、丁寧に教えてくれる。
「ねえ、パパとオスカーの名前も綺麗に書けるようになりたいわ。教えて!」
 顔を上げると、思っていたよりもオスカーの顔が近くにあってドキンと心臓が跳ねた。

 攻略対象が複数存在する一般的な乙女ゲームとは違い、ハルアカの攻略対象はオスカーひとりだけだ。
 つまり、全プレーヤーが何度も彼に恋をする。
 オスカーは唯一のヒーローとして、万人がカッコいいと思う美麗で精悍な容姿を兼ね備えているのだ。
 ゲームの中で2次元のヒーローだったオスカーが、3次元の実物で存在している。ドキドキしない方がおかしいだろう。
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