愛のない一夜からはじまる御曹司の切愛



 妊娠がわかってから、生まれてくるまで、弥生を中心にしてきた私たち。
 生まれてからは、たぶんしばらくさみしい思いもさせるかもしれない、そんなことを思ったのだが……。

 もともと恭弥さんにべったりの弥生は、仕事に行く時間が悲しくて仕方がないのだろう。

「弥生、なるべく早く帰るから。な。いいこで待ってて」
 手を伸ばして、弥生を抱き上げてギュッと抱きしめると、弥生はさらに「イヤー」と泣き始める。

 さすがにこれでは遅刻してしまうし、スーツが涙や鼻水で汚れてしまうだろう。

「ダメよ、弥生。パパはお仕事」
 そう声をかけて、弥生を恭弥さんから離して、目で合図をする。

 泣き叫ぶ娘を見ながら、仕事に行くのは恭弥さんもつらいだろう。

 毎日のことでここで声をかけてしまうと、また振り出しに戻ることを学習したので、恭弥さんはそっと家を出ていく。

「弥生、さみしいね。パパ大好きだもんね。でも、ママも弥生が大好きだよ」

 抱きしめながらそう伝えると、弥生は「うん」と小さな手で涙をぬぐう。そんな姿も愛おしい。
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