泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた
 私が部屋から出ると、廊下で待っていた和住さんが駆け寄ってくる。
「幸希ちゃん、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
 和住さんは一瞬、私の背後にいる浅田さんのことをチラッと見たような気がした。

「あっ、近藤くん、君ももう帰ってもらっていいよ。後は、私がやっておくから」
「えっ、でも……」
 背後から浅田さんと近藤さんが話している声が聞こえて、私は振り返った。
 すると、浅田さんは私に背を向けて、近藤さんのほうを見ている。浅田さんの背中越しに近藤さんの顔が見えるのだが、近藤さんは怯えたような表情をして「分かりました」と小さく呟いた。
 見た目からすると、浅田さんより近藤さんのほうがずっと強そうなのだが、近藤さんは浅田さんに対して完全に委縮している。
 そして、近藤さんは青い顔をしたまま、その場から離れていった。
 
 あれ?刑事って二人一組で動くものではないのだろうか。単独行動をしてもいいのだろうか。
 
「聴取は終わったんですが、副島さんは犯人の顔を見てしまっているので、ひょっとすると犯人が副島さんに何かするかもしれません。しばらくの間は、副島さんに警備を用意します。今日のところは、私が副島さんのことをご自宅までお送りしましょう」
 浅田さんは穏やかな口調でそう提案してきた。
 私は「ご自宅までお送りしましょう」という言葉を聞いて、なぜか背筋がゾワッとした。
 理由は分からないが、すごく怖い。

「あっ、いや、俺が送りますよ。駐車場に車停めてあるんで」
 私が浅田さんを警戒しているのが伝わったのか、和住さんが割って入ってくれた。私は和住さんの言葉に、少しホッとする。
「いや、しかし……」
 浅田さんは困ったような表情を浮かべて食い下がる。
 すると、和住さんは突然私の肩を抱いて、グイッと自分のほうに引き寄せた。
 私は思わず「えっ?」という声を上げそうになる。
「可愛い彼女がショック受けてるんですよー?彼氏なら、優しく慰めてあげたいじゃないですか。刑事さん、分かってくださいよー」
 和住さんは嘆くような話し方で、浅田さんを説得しようとする。
 和住さん、なかなか口が上手いな。
 
 私は唇を噛みしめながら、浅田さんの返事を待った。
 浅田さんは「ふむ」と言って顎を撫でた。
「まあ、そういうことなら、いいでしょう。しかし、警備は必要ですからね。私も車で後続します。それなら問題ないでしょう?」
「……あー、はい。それでお願いします」
 和住さんは少し悔しそうな表情を浮かべて承諾した。
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