泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた

4話

 面接の翌日から、私は和住さんの店で働くこととなった。
 主な仕事内容は、店内の清掃と料金の会計、受付の三つだ。

 和住さんの店は人気らしく、さまざまな客が入れ替わり立ち代わりにやって来る。さらに、予約の電話も頻繁にかかってくる。
 凛ちゃんの言う通り、和住さんは腕の良い彫師のようだ。
 客の中には、明らかにカタギではなさそうな人もいる。しかし、大半はパンクなファッションを身にまとった若者だ。そして、女性客も多い。

 店内の壁一面には、額縁に入った入れ墨の写真が飾られている。
 入れ墨の種類は、ワンポイントの小さなタトゥーから背中一面の和彫りまで様々だ。
「これって、全部和住さんが彫ったんですか?」
 閉店作業をしている最中、私は何となく訊いてみた。
 和住さんはニコニコと笑顔で「そうだよ」と答えてくれる。
 和住さんは見た目こそ怖そうだが、意外と気さくで話しやすい人だ。
 
「そこの昇り龍のやつ、凛ちゃんの写真なんだよね」
 和住さんはそう言って壁の隅に飾られた写真を指差した。
 そこには、肩から二の腕、さらには背中一面にかけて巨大な昇り龍が彫られている写真があった。写真には首から下しか写っていないため、被写体が誰なのか分からない。
「えっ、これ凛ちゃんなんですか!?」
 私は思わず素っとん狂な声を出してしまう。
「うん、俺の自信作」
 和住さんは自慢げな顔をする。
 普段は服を着ているから分からなかったが、やはり凛ちゃんの身体にも立派な入れ墨が彫られているようだ。
 私はまじまじとその写真を眺める。
 
「和住さんって、どうして彫師になったんですか?」
 私がそう尋ねると、和住さんは「うーん」と首を(ひね)る。
「入れ墨が好きだからかなぁ?」
「好き?」
「うん、そう。俺ねぇ、よく見ると結構可愛い顔してるんだよね」
 和住さんは満面の笑みを見せる。
 確かに大量のピアスで分かりにくいが、顔の造形自体は幼くて可愛らしいような気がする。
「あれ?和住さんっておいくつなんですか?」
「俺?三十一だよ」
「えぇっ!?そうなんですか!!?」
 私は和住さんのことを自分と同い年か少し下だと思っていたので、五つも年上であることに驚愕した。
 こんなに厳ついファッションをしているというのに、それでもずっと若く見える。そう考えると、和住さんはかなり童顔なのかもしれない。
 
「だから、昔っから舐められやすいんだよね。こう見えて、学生時代はいじめられっ子だったからね」
 和住さんは笑顔を崩さずに続ける。
 私は「意外だなぁ」と思ったが、それを言ったら凛ちゃんだってそうだ。
 
「俺バカだからさぁ、高校はヤンキー校へ進学することになったのね。だから、焦ったの。ヤンキーどもにいじめられないためには、どうしたらいいんだろうって考えて……。やっぱり人間は見た目から入るのが大事かなって思って、ピアスを開けることにしたの」
「ピアス、開けても大丈夫だったんですか?」
「校則なんて、ほとんどないような学校だったからね。ピアスのおかげなのか、入学直後は目を付けられなかったんだ。でも、時間が経つにつれて、上級生からいじられるようになって……。それで、どんどんピアス増やしていったの。ピアスを増やせば、俺を見下してくる奴は少なくなっていった。俺はその時気づいたんだ。人間っていうのは、見た目で自分より下か上かを決めてるんだって」
 和住さんは一瞬真剣な面持ちになったが、また屈託のない笑みを浮かべる。

「でね、高校卒業した後、思い切って胸元にタトゥー入れてもらったの。小っちゃいやつだけどね」
 和住さんはそう言って、Tシャツの首元を少し広げた。和住さんの指差す先には、ドクロのタトゥーがある。
「そしたらさぁ、周りのやつら皆ビビるの。誰も俺のことからかおうとしないんだよね。……俺、人から恐れられるなんて初めてだった。それから、どんどん入れ墨増やしていったんだ。こんな怖い見た目の奴、誰もいじめようなんて思わないでしょ。入れ墨もピアスも、俺を守ってくれるお守りみたいなもんなんだよね。だから、俺は入れ墨もピアスも好きなの」
「お守り、ですか」
 和住さんの言葉を聞いて、ふと凛ちゃんのことを考えた。
 
 凛ちゃんも、あんな入れ墨を彫ることで、高圧的な態度を取ることで、自分を守ろうとしているのだろうか。
 もう二度と、誰にも傷つけられないために――。

「まあ、この見た目のせいでお巡りさんには職質受けまくるし、凛ちゃんみたいなおっかない連中に目をつけられそうになるし、守り神なのか疫病神なのか、今じゃよく分かんないけどね」
 和住さんはそう言って、わざとらしく肩を落とす。
「えー、なんですか、それ」
 私は和住さんの軽口に思わず笑ってしまった。

「入れ墨もピアスも痛くないんですか?」
「正直めっちゃ痛い。特にこれとか」
 和住さんはそう言って、口を開けて舌を出した。舌には銀色の粒のようなピアスが付いている。
「えー、痛そう」
 私は和住さんの舌ピアスを見ただけで、自分の舌がチクリと痛くなった。
「開けた後、しばらくご飯食べるのも大変だった」
「そんなところに開けて、何か良いことでもあるんですか?口の中じゃ、ほとんど人から見えないじゃないですか」
「うーん、そうだなぁ。痛いからこそ、度胸のある奴って一目置かれたりしたこととか?あとは、……結構女の子から評判が良かったこととか?」
 私は和住さんの後半の言葉に対して、素直に「何でですか?」と疑問を投げかけた。
「これで()()()()()()舐めると気持ちイイんだってさ」
 和住さんは意味あり気な口調で言うと、私のほうにグッと近づいてきた。
 腰を屈めて、私の顔を覗き込んでくる。

「試してみる?」

 和住さんは柔らかな、だけど熱を帯びた表情で問いかけてきた。
 
「試してみる」というのは、どっちのことなのだろうか。
 舌ピアスを開けることだろうか。それとも――。

「遠慮しておきます」

 どちらの意味にせよ、答えは同じだ。
 私は正直に答えた。
 
 和住さんは一瞬だけ落胆したような表情を見せたが、すぐにまたニコニコと笑みを浮かべた。
「そっかそっか。ごめんね、変なこと言って」
 和住さんはそれだけ言うと、私から離れて閉店作業に戻っていった。
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