あいしていた、昨日まで。

私、変わる。

「はい、今日の授業はこれでお終い」
ゼミの担任、遠藤がチョークを黒板の淵に置き手で粉を払った瞬間、教室は賑やかにどよめいた。
夕方も近いというのに未だに差し込む日差しに目を細めた榎本空音もまた、周りの生徒達と同様浮き足立って帰る支度を始めた。

「空音、今日カラオケ行くでしょ?」
ほんのり赤みを帯びた長い髪を垂らし、後ろから抱きついてきたのは坂本優希だ。
「行きたいけど、今月ちょっと使い過ぎてバイト代やばくてさ」
空音は大袈裟に肩を落としてみせる。
「大丈夫だって。今日は男子も一緒に行くから、上手いこと言えば払ってくれるでしょ」
「え?男子?誰?」
訝しげに眉を顰める空音。
「とりあえず今のところ行けそうなのは、拓海と、洋平と、あとそのへんの誰か。あっ、小松も来ると思う」
「瑛太郎も来るの?珍しい」
優希は周りを気にしながら空音に耳打ちする。
「ここだけの話、小松は支払い要員」

小松瑛太郎は空音のいわゆる幼馴染、という存在だった。
親同士仲が良く、まだ物心つく前から家族ぐるみでの交流があり、小学校4年生くらいまではお互いの家で人形遊びをしたりお絵描きをしたりして遊んでいた。
瑛太郎は周りの同級生の男子とは違い、乱暴者でもなければ危険なことも決してしない。
やんちゃとはほど遠く、穏やかで感情の起伏も激しくない瑛太郎といると、空音は楽だった。

同じ高校に入学し、3年間同じクラス、大学こそは離れるだろうと思っていたけれど、偶然同じ大学の同じ学部に進学した。
普通ならこれを運命と呼ぶのかもしれないけれど、空音にとって瑛太郎は異性というより、性別を超えて家族のようなものだった。
意識したこともなく、当然思春期に作らなる距離と言うものもなかった。
幼い頃から変わらない関係でここまできた。

「支払い要員…ねえ」
「だからさ、空音も行こうよ。カラオケ。ね、お願い。空音がいないとつまらないからさ」
早口で捲し立てる優希に根負けし、空音は「わかった、行く」としぶしぶ頷いた。
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