御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 もう彼の目を見られない。
 辛い現実から逃れるようにうつむいて、それでもなんとか小さくうなずいた。

「奇遇だな。俺もその話をすべきかと思っていたところだ」

 平然と言いきる彼に、ズキリと胸が痛む。

 葵さんが私に優しくしてくれるのは、すべて演技だ。愛の言葉も甘い触れ合いも、本物ではない。
 仮初の関係だとわかっていたはずなのに、葵さんも私に好意を抱いてくれているのではないかと、少しずつ期待を大きくする自分がいた。
 彼にとって、私と一緒に過ごした期間はただの通過点でしかない。淡々とした返答に、あらためてそれを感じさせられた。

「葵さんをいつまでも私に縛り付けていては、お相手を見つけることもできないし。あっ、でも、体裁が気になるのなら、すぐにというわけではなくて」

 彼と視線を合わせられないまま、早口に捲し立てる。
 けれど反応が返ってこないから、なんとか言ってくれないかとそっと顔を上げた。

 私を射抜くような鋭い視線に、一気に緊張が高まる。

「瑠衣がくれた猶予は、有効に使わせてもらっている」

 つまり彼は、私の知らないところで本命の相手を探していたのか。
 そんな素振りはまったくなかったら、少しも気づいていなかった。

 文句を言う権利など、私にはない。黙って受け入れるだけだと、必死に自分に言い聞かせる。

「そ、それじゃあ、私たちの関係は」

「そうだな。この契約の関係は、終わらせよう」

 はっきりと告げられて、胸が苦しくなる。
 瞳に滲んだ涙を見せまいと、うつむいて唇をかみしめた。
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