御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 結局ゼリーですら喉を通らず、パックを無駄に弄んでいたそのとき、カチャリと扉の開く音が聞こえて肩が跳ねた。

 音がした上方を、そっとうかがう。
 姿を現したのは、小早川さんだった。
 慌てて立ち上がろうとする私を、彼は軽く手で制した。

「成瀬か。こんなところで、どうかしたのか?」

 私の方へ向かいながら、小早川さんが尋ねてくる。
 彼が私を認識していたとは意外だ。

「……少し、外の空気を吸いたかっただけなので」

 とっさの言い訳に、怪訝な顔をされる。

「ずいぶん、気分が沈んでいるようだが」

 ズバリ言い当てられて、ドキリとする。
 自分が決してわかりやすい人間でないと自覚があるだけに、どうしてばれてしまったのかと内心で慌てた。

「なんでわかったかって? ほら、それ」

 指さされた手もとのゼリーに、視線を落とす。

「ランチの代わりなんだろ? しかも、それすら口にしていないようだ。そんなの、体調不良か気分的に沈んだと言っているようなものじゃないか」

 的確な指摘に、なにも言えなくなる。

「顔色を見る限り、幸い体調は問題ないようだ。だから、精神的なものが原因なんだろ?」

「……そうかも、しれませんね」

 よく知らない人に弱みを見せる勇気はなくて、断定を避けた言い回しになる。
 くすりと笑った彼には、それでもいろいろと見抜かれていそうだ。

 これ以上なにかを追及されたくなくて、再び立ち上がった。今度は止められず、密かに安堵する。

「失礼します」

 私を見る彼の視線に気づかないふりをしながら、足早にその場を逃げ出した。
 結局、昼食はなにも口にしないままだ。
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