御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 席に戻る前に落ち着きたくて、お手洗いに立ち寄る。
 予想外の出会いに動揺しているというのに、鏡の中の私はやっぱり感情がうかがえない。

 そろそろ戻ろうかと思ったタイミングで、併設されたパウダールームから聞こえてきた声に、つい身を潜めて聞き耳を立てた。

「本当に、嫌になっちゃうわ」

 間違いなく、三浦さんの声だ。
 その忌々しげな口調に、いつものふんわりとした雰囲気はない。

「なにが氷のビスクドールよ。美人なのを鼻にかけて、いつだって澄ました顔をしちゃってさ。気に食わないのよね」

 ギクリと体が強張った。

「すごいあだ名よね、それ。でも成瀬さんはまさしくそんな感じ。すごく綺麗な人だけど、喜怒哀楽がなくてお人形みたい。話しかけるのも、躊躇してしまいそう」

 誰が名づけたのか。自分が陰で〝氷のビスクドール〟と呼ばれているのは知っている。この呼び名がよい意味でないのはたしかだ。

 三浦さんと話している相手は、ほかの課に在籍している彼女の同期の女性だろう。

「課長ったら、虫の居所が悪かったみたいなのよ。いつもなら適当に許してくれるのに、今日は助けてくれたあの人にも話を聞いてこいなんて言うのよ。そんなの、向こうが勝手に手伝っただけで、私には関係ないのに。こっちはわかっていて、すっぽかしたっていうの!」

「うわぁ。恵麻って、かわいい顔して案外いい性格してるよね」

 こんな話を聞かされた相手も、どうやら呆れているのがその口調からうかがえた。
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