御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 翌日、三浦さんはまた同じようなミスをしていた。これもわかっていてそうしている可能性に、やりきれない気持ちになる。
 
 期限は今日までだと、彼女にまかされていた書類の処理が昼になっても上がってこない。ギリギリまで待つのはリスクがあるが、私以外に彼女に声をかける社員はいないようだ。

 後から頼られて、こちらの仕事にまで影響を出すのは避けたい。気は進まないが、様子だけでもうかがうことにした。

「――わからないときは、早めに聞いてください」

 柔らかい口調を心掛けながら最後にそう締めくくると、一瞬、彼女は顔をしかめていた。
 けれど次の瞬間、突然立ち上がって大げさなほど身を竦ませてみせる。

「は、はい。ごめんなさい」

 詰まった言い方が、いかにも怯えているように聞こえる。
 顔をうつむかせた彼女の声は、明らかに震えていた。傍から見れば、必死に涙をこらえているように映るだろう。

「まだ時間があるので――」

「ちょっと、いいかな」

 慌ててフォローを入れようとしたところで、近くにいた田中(たなか)さんが口を挟んできた。
 彼が私に向ける視線は明らかに鋭くて、それだけでなにを言われるのか想像がついてしまう。

「昨日も、三浦さんをずいぶん責めていたみたいだけど」

「そんなつもりは、まったくありません」

 この人は、いつも三浦さんに甘い顔をする。
 誤解をされたくなくて反射的に切り返してしまったが、嫌な言い方になっていなかっただろうか。彼の眉間に寄ったしわが一層深くなり、不安に襲われた。

「それにしたって、言い方があるんじゃないかな? 彼女、すっかり委縮してしまっている」

 たしかに注意はしたけれど、それは必要最低限であったはず。あくまで常識の範囲内だ。

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