御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「まあ、別に隠しておく必要もないか」

 彼女が口を開く前に、葵さんが言葉を発する。それから彼は、いかにも機嫌よさげに口角を上げた。

「俺と瑠衣は、結婚することになったんだ」

「なっ」

 戸惑いの声を上げたのは、三浦さんだけではなかった。そこかしこで、息をのむ気配がする。

「ということで、俺の妻をこれからもよろしく頼む」

 三浦さんにというよりは、この場に残っていた全員に向けて発する。
 まさかこのタイミングで明かすとは私も思っておらず、妙な焦りに背中を嫌な汗がつたった。

「あ、葵さん!」

 一秒でも早く、この場を去りたい。
 片づけもそこそこに急いで彼に近寄ると、葵さんは蕩けるような笑みを浮かべた。そのせいで、フロア内に再び小さなざわめきが起こる。
 プライベートならいざ知らず、社内でこんな表情をする葵さんはきっと珍しいのだろう。

「用意ができたので、行きましょう」

 明日は面倒なことになるかもしれないという懸念は、ひとまず忘れたい。
 とにかく今は注目から逃れたくて、彼の背中をぐいぐいと押しながら総務課を後にした。

「えっと……葵さん?」

 てっきり外に向かうと思いきや、彼が促したのは上階行きのエレベーターだった。

「どうして上へ?」

「父親に結婚の挨拶をするためだが? ああ、ちゃんとアポは取ってあるから、安心しろ」

 どういうことかと首をかしげながら、やってきたエレベーターに乗り込む。
 詳しい説明をするつもりはないようで、葵さんは回数表示をじっと見つめていた。

 横に立つ彼を、そっとうかがう。
 父親との対面にうんざり気味かと思いきや、機嫌はいいようでその口角は上向きになっている。私を紹介すればしばらくは結婚の催促から逃れられると、ほっとしているのかもしれない。
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