御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 電車を降りて歩きだすと、雨粒が顔に当たった。目の前に見える勤め先のビルへ、急ぎ足で向かう。
 沈んだ気持ちのまま、会社エントランスをくぐった。

 私の勤めるサウンド・テクニカは、音響機器を製造、販売する会社だ。
 以前は据え置き型のCDプレイヤーをメインに扱っていたが、その衰退を見据えた先々代の社長が方針の見直しを行った。

 当時の副社長で、現社長が無類の音楽好きなのが影響したのは、社内でも有名な話だ。
『音楽は持ち歩く時代だ』といち早く流れをキャッチした彼の提案で、サウンド・テクニカは高性能のヘッドフォンやスピーカーを主力商品とするようになっていった。

 個人向けの商品は海外にも支店を構えて販売しており、知名度はかなり高い。
 品質やデザインへのこだわりはもちろんのこと、アフターケアを充実させる戦略が功を奏して、長く愛用してくれるコアなファンの獲得にも成功している。

 国内では企業向けの製品も充実させており、イベント会社をはじめ大手企業と取引をしている。

 方針転換をしてから業績は年々上がっているが、ここ数年はそれまで以上に数字を伸ばしている。
 顕著な成長は、小早川さんの功績だと言われている。彼は、営業課に異動したその年にトップの成績を叩きだした。翌年以降もそれを維持しており、そういった功績が認められて今の地位に就いたのだろう。 

「あっ、成瀬さん。おはようございます!」

 席に着いてしばらくして聞こえた声に、顔を上げる。

三浦(みうら)さん、おはようございます」

 サウンド・テクニカの本社で、私は総務課に所属している。
 近づいてきたのは、入社二年目になる同じ課の三浦恵麻(えま)だ。
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