君はもう僕のものだ〜私の知らない彼の執着〜

3.小蝿がいたから追い払いに来ただけだ。

「懐妊? ですって?」

 驚きのニュースがスグラ王国を駆け巡った。
クリスがモリアに夢中になって半年、モリアがクリスの子を孕ったという。

 私は、クリスが正式な婚姻前にそのようなことをしたことが理解できなかった。
私とクリスは10年以上連れ添っていたが、肉体関係はない。

 朝食の席で父である、ミリアン・セリア侯爵が頭を抱えている。
 彼はスープを掬うスプーンをゆっくりとテーブルに置くと、私に諭すように言ってきた。

「ルカリエ⋯⋯王家からクリス王太子との婚約を破棄するようにとの打診が正式にあった⋯⋯」
私は父の言葉に息を呑んだ。

「どうして! 男の心1つ満足に掴めないの? もう、あなたは終わりよ!他国なら側妃になれたかもしれないけれど、スグラ国は一夫一妻制! 王太子の手垢のついたあなたはどこにも行けない⋯⋯うぅ⋯⋯」

母が目の前の皿を突然投げて金切り声をあげたかと思えば、泣き出した。

 私が何をしたというのだろう。
 スグラ王国では王族の言うことは絶対だ。
 だから、私の努力も私の立場も実はクリスの気持ち1つで失うものだった。

「クリスは私に手垢1つ付けてないわよ⋯⋯」
私たちが理想のカップルだと思っていたのは、思い上がりだったのだろうか。

「そんな事は関係ないって分かっているわよね、ルカ⋯⋯」
泣き声を押し殺しながら話してくる母の言う通りだ。
 クリスが私に手を出してようと、出してなかろうと10年私たちが婚約していたのは周知の事実。
 他から見れば私はクリスの立派なお古だ。

「モリア・クーナ男爵令嬢が次期王太子妃だ。今日には花嫁修行に王宮入りするらしいぞ」
父が諦めかけたような顔で私に告げてくる言葉は、私を絶望の縁に追いやった。

 10年近く励んできた孤独な妃教育はなんだったのだろう。
 結局、妃教育はおろか義務であるアカデミーの教育も受けていないモリアが次期王太子妃だ。

 私はどうしても納得がいかなくて、王宮に出向いた。
「クリス王太子殿下に会いに来ました」
城壁を守る騎士に告げると彼らは私を嘲笑った。

「セリア侯爵令嬢、美しいですね。クリス王太子殿下は本当に見る目がない。私ならあなたを受け入れられますよ」
チャラそうな門番の1人が私の銀髪をすくって口付けをしながら私を口説いてきた。

 まるで、娼婦を相手にするような態度に心が沸騰するのを感じた。

 私はもう彼らの中で次期王太子妃でもない、王太子に捨てられたゴミでしかない。
(ゴミでも拾ってやろうってわけね⋯⋯私にだってプライドはあるわ)

「失礼しますが⋯⋯」
私が言葉を発しようとした時、城門が空きクリスとモリアが寄り添いながら出てきた。

 クリスはモリアを愛おしそうに見つめた後、私に向き直した。

「ルカ! 君の存在が妊娠中のモリアのストレスになっているんだ。もう、王宮には来ないでくれ」

 クリスは何を言っているのだろう。
 高位貴族の私に、今後は王宮の行事に一切参加するなという意味だろうか。

「クリス本当にどうしちゃったの?」
私はひたすらにクリスを見つめる。

 彼の姿がどんどん歪んでくるのが分かる。
 人前で涙を見せてはいけないと分かっていても、この状況で平然としていられる程強くはない。

「どうもしていない。ただ、窓から覗いたら小蝿がいたから追い払いに来ただけだ」

「殿下、それは言い過ぎですわ」

 クリスの冷たい言葉に、私をフォローするように優しい声でモリアが囁く。
(小蝿って私のこと? どうして、そんなことが言えるの?)

「ルカリエ様⋯⋯私も身重の身なんです。これ以上嫌がらせはやめてくれますか? 私は未来のスグラ国の王を孕っているのですから」
私に向き直り聖女のように微笑むモリアに私の中の何かが爆発した。

「クーナ男爵令嬢、私がいつ!」
私は彼女に嫌がらせをした覚えなどない。

 そう反論しようとした時、急にクリスとモリアの周りが赤い炎で包まれた。
(な、何? 何が起こったの?)

 私が驚きのあまり尻餅をついている間に、必死に騎士たちが服で炎を消していた。
炎の中から現れたクリスはモリアを守るように覆い被さっていた。

 モリアのドレスの裾が少し焼け落ちている。

「この魔女が!」
私は突然横にいた騎士に髪を捕まれ拘束された。

「私がやったと言いたいのですか?」
「他に誰がいる!この魔女を牢に放り込んでおけ」

 私は見たこともない鬼のような形相のクリスを見ていられず、騎士たちにされるがままに連行された。
 そんな魔法のようなものが使えるのなら、私は今すぐ自分の体を焼いている。
それくらい、今、消えたい程に惨めだ。

「嫉妬に狂い、俺にまで手をかけようとするとは⋯⋯」
クリスが私を蔑むように言った声が、背後から聞こえた。


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