婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む
囚われの身
ヴィクターの部屋のドアが、外からノックされた。彼が返事をすると、ラッセルがドアの陰から顔を覗かせる。
「ヴィクター様、そろそろ夕食の時間だそうです」
「わかりました」
椅子から立ち上がったヴィクターに、ラッセルが尋ねる。
「アマリリス様の部屋のドアも叩いたのですが、返事がなかったのです。どこかに出られているのでしょうか、何か聞いていらっしゃいますか?」
「いや、特に何も聞いてはいませんが……」
ヴィクターは不思議そうに返すと、アマリリスの部屋に繋がる扉を叩いた。
「アマリリス、いますか?」
彼の問いかけにも、しんとしたまま、隣室からは何の返事もない。怪訝な表情でラッセルと目を見合わせたヴィクターは、再び扉越しに呼びかけた。
「扉を開けますよ、いいですか?」
結局声が返って来ないまま、ヴィクターは静かに扉を開けた。アマリリスのいないがらんとした部屋に、二人が足を踏み入れる。
辺りを見回したヴィクターの目に、置かれたままになっているアマリリスの鞄が映る。ただ、聖女の杖は部屋のどこにも見当たらなかった。
(何だか妙だ)
虫の知らせに、ヴィクターは落ち着かない思いでラッセルを見つめた。
「アマリリスがこの宿から出るとも思えませんし、もし出るなら私に一声かけてくれると思うのですが。宿の中を探してきます」
「僕も行きます」
結局、二人で宿中を探し歩いたものの、アマリリスの姿はどこにもなかった。ヴィクターとラッセルは、宿の主人にもアマリリスのことを尋ねたけれど、彼は首を捻った。
「私も、アマリリス様をお見掛けしてはおりませんね」
「ほかに何か、変わったことなどありませんでしたか?」
「アマリリス様に関係があるかはわかりませんが……」
彼は、鎖の切れたロケットをポケットから取り出した。
「宿泊客がいないのに、ドアが開いたままになっていた部屋があり、不審に思って入った使用人が見付けたものです。先程、私の元に届けられました」
「……これは、アマリリスがいつも身に着けていたロケットです」
息を呑んだヴィクターとラッセルの顔から、血の気が引いていく。
(やはり、彼女の身に何かが起きたんだ)
ヴィクターにロケットを手渡した宿の主人が、腕組みをしながら再び口を開く。
「そういえば、少し前に、この宿の前から、随分と急いで一台の馬車が出発して行ったのです。かなりの速さで走り去って行ったので、何事かとは思ったのですが」
「その馬車は、どちらの方向へ向かったのでしょうか。何か馬車に特徴は?」
「王都に向かって伸びる太い道を走って行きましたが、それ以上はわかりませんね。馬車も、どこにでもあるような普通の馬車でしたよ」
ロケットを握り締めたヴィクターは、険しい顔で唇を噛んだ。
(こんな時、ロルフがいてくれたなら……)
ロルフなら、悪意ある何かがアマリリスに近付いたなら、そしてその足跡にも、きっと気付いたに違いなかった。もどかしい思いを堪えて、ヴィクターが風魔法を身に纏わせる。
「私は、馬車が向かったという方向に行ってみます。ラッセル様には、何か思い当たる節はありませんか?」
「そう言えば……」
彼は思案気に口を開いた。
「ヴィクター様とアマリリス様と一緒に、魔物に襲われた村々を回っている時、誰かに盗み見られているような感覚を覚えることがあったのです。その時は気のせいかとも思ったのですが、我々を監視する可能性がある人物と言うと」
「ネイト王太子か」
ラッセルはヴィクターの言葉に頷いた。
「もし、監視の目が我々にあったとしたなら、我々の動向も把握されていたのかもしれません」
苦しげに項垂れたラッセルに、ヴィクターが告げる。
「ラッセル様、私は王都の中心にある王宮に向かいます。ネイト王太子の手の者がアマリリスを攫ったなら、彼女は王宮へと連れて行かれる可能性が高い。あの場所なら、外部の者が容易には手出しできませんから。ですが、これはあくまで想像の話です。ラッセル様はここに留まって、アマリリスが見付かったら、または彼女の足跡がわかったら連絡していただけますか?」
「わかりました」
ラッセルの返事を聞きながら宙に浮かび上がったヴィクターは、目にも止まらぬ速さで、風を切って王宮へと向かった。
アマリリスを探して王宮の上空へと辿り着いたヴィクターは、焦る気持ちを押さえていた。宿屋の主人に聞いた道を急いで追い掛けたものの、それらしき馬車を道中で見付けることはできずにいたからだ。
彼は、光魔法の一種である目眩ましの魔法を纏うと、王宮前の、馬車が並んで止められている場所へと近付いた。そこには、王家の紋章の刻まれた立派な馬車に混じって、ありふれた小型の馬車が一台止められている。
明らかに一台だけ違和感のある馬車に、ヴィクターは確信に近い感覚を抱いていた。
(アマリリスはきっと、この王宮のどこかにいる)
風魔法で上空に昇って王宮全体を見下ろしたヴィクターは、ふとあることに気付いた。王宮の離れにあるこじんまりとした建物の警備が、そこだけ随分と厚いのだ。監視のようにも思われる兵士たちを、彼は訝しげに見つめた。
(あの離れには、何かがあるのだろうか。もしかして、アマリリスはあの場所に?)
下降して建物に近付いたヴィクターは、監視の兵士に気付かれぬまま、音もなく建物の中へと滑り込んだ。
そこで目にした意外な人物に、ヴィクターの目が丸く見開かれる。
(どうして、彼が監禁同然でこのような場所に……?)
離れの中に置かれているベッドの上には、足を鎖で繋がれたシュヴァール王国の国王が横たわっていた。
***
「ん……」
痛む頭を抱えてアマリリスが目を覚ますと、横からネイトの声が聞こえた。
「目を覚ましたか、アマリリス」
「ネイト……様?」
青ざめた彼女は、自分のいる状況が理解できないまま目を瞬いた。どうやら、ベッドの上に寝かされているようだ。逃げようと上半身を起こした彼女だったけれど、片足がベッドに鎖で繋がれていることに気付いて凍り付いた。右の手首には、見たことのない金色の腕輪が嵌められている。
「私、どうしてここに?」
「君に迎えをやったんだ。君が、自分からは俺の元に来てくれなかったからね」
ネイトは、宿の使用人に扮した彼の手先に、アマリリスを攫わせていたのだった。ベッドサイドに腰掛けてアマリリスを見つめた彼は、彼女の頭を撫でると、その銀髪を指先でさらりと梳いた。美しい顔をしたネイトではあったけれど、今までにないほど優しい彼の手付きと、その薄笑みに、アマリリスの背筋はぞわりと粟立った。
「……何のために、ですか?」
恐る恐る尋ねた彼女に、ネイトが微笑む。
「決まっているじゃないか。君に、この国の将来の王妃になってもらうためだよ」
硬い顔で、アマリリスがネイトを見つめる。
「そのお話は、お断りしたはずです。それに、ネイト様は、妹のカルラを選んだではありませんか」
「あれは、カルラに謀られ、騙されたからだ。君が偽聖女だというカルラの言葉を信じてしまったことは、心から謝るよ。……もしかして、妬いていたのかい?」
ふっと笑みを零したネイトに、彼女は気持ちの悪さを感じながら首を横に振った。
「違います。もう、私を解放していただけませんか」
アマリリスの言葉に、ネイトの瞳が鋭くなる。ぎしりとベッドを軋ませて、さらにアマリリスの側へと近付いた彼は、指先ですっと彼女の顎を持ち上げた。
「君は、もう少し自分の立場を自覚した方がいい」
こくり、と恐怖に彼女の喉が鳴る。ネイトは続けた。
「アマリリス。君は、聖女として認定されたあの日から、俺の妻となり、このシュヴァール王国を守るために、日々研鑽を積んできたはずだ。誤解もあったが、それはどうか水に流して欲しい。俺は君に、自分の意思でこの国に戻ってきて欲しいんだ」
「けれど、こんなやり方、脅迫まがいではありませんか」
「ほかに手段がなかったから、仕方なくね」
アマリリスを、彼は射るような目で見据えた。
「王妃となれば、君は相応の発言力も得られる。ライズ王国を攻めることなく、友好的な関係を築きたいなら、君の手でそうすればいい」
押し黙ったまま固くなっているアマリリスの顎から手を放すと、ネイトは彼女の耳元で囁いた。
「綺麗になったね、君は」
アマリリスの身体に悪寒が走る。青い顔で、思わず後方にじりと後退った彼女は、必死にネイトを見つめた。
「私が以前、この国を将来守れるようにと努めていたことは確かです。けれど今、私には、ただ一人想う方がいます。どんな理由があっても、ネイト様の元に戻る気はありません」
「そうか、残念だな」
小さく息を吐いたネイトは、彼女を見つめた。
「なら、力づくで君を俺のものにするまでだ」
彼の瞳の奥に、激しい熱と情欲の色が浮かんでいる様子に、アマリリスは全身から血の気が引くのを感じていた。彼に押し倒されながらも、震える声で防御魔法を唱える。けれど、彼女の魔法が発動することはなかった。
(そんな……!)
アマリリスの動揺を見透かしたかのように、ネイトがにっと笑う。
「君の腕には、魔法の効果を失くす腕輪を嵌めている。どう頑張ったところで、魔法は使えないよ」
アマリリスは腕輪を外そうと試みたけれど、腕輪はびくともしなかった。さらに、何かを探すように辺りを見回した彼女に、彼は畳み掛けた。
「生憎だが、聖女の杖は別室に保管している。君が身を守る術は、もうないということだ」
瞳に絶望の涙を浮かべるアマリリスを見下ろしながら、ネイトはぞくぞくと嗜虐的な快感を覚えていた。
「そんな顔をする君も可愛いよ。……はは、君が奪われたと知ったなら、あの魔術師の男はどんな顔をするのだろうな。暴かれた身体では、もうあの男の元に戻ることもできまい」
激しく抵抗しながら、彼女は心の中で叫んだ。
(ヴィクター様、助けて……!)
ネイトにのしかかられ、両腕を押さえつけられていたアマリリスは、どうにか逃れた片手で、胸元に一つだけ残されていたペンダントをぎゅっと握った。
「ヴィクター様、そろそろ夕食の時間だそうです」
「わかりました」
椅子から立ち上がったヴィクターに、ラッセルが尋ねる。
「アマリリス様の部屋のドアも叩いたのですが、返事がなかったのです。どこかに出られているのでしょうか、何か聞いていらっしゃいますか?」
「いや、特に何も聞いてはいませんが……」
ヴィクターは不思議そうに返すと、アマリリスの部屋に繋がる扉を叩いた。
「アマリリス、いますか?」
彼の問いかけにも、しんとしたまま、隣室からは何の返事もない。怪訝な表情でラッセルと目を見合わせたヴィクターは、再び扉越しに呼びかけた。
「扉を開けますよ、いいですか?」
結局声が返って来ないまま、ヴィクターは静かに扉を開けた。アマリリスのいないがらんとした部屋に、二人が足を踏み入れる。
辺りを見回したヴィクターの目に、置かれたままになっているアマリリスの鞄が映る。ただ、聖女の杖は部屋のどこにも見当たらなかった。
(何だか妙だ)
虫の知らせに、ヴィクターは落ち着かない思いでラッセルを見つめた。
「アマリリスがこの宿から出るとも思えませんし、もし出るなら私に一声かけてくれると思うのですが。宿の中を探してきます」
「僕も行きます」
結局、二人で宿中を探し歩いたものの、アマリリスの姿はどこにもなかった。ヴィクターとラッセルは、宿の主人にもアマリリスのことを尋ねたけれど、彼は首を捻った。
「私も、アマリリス様をお見掛けしてはおりませんね」
「ほかに何か、変わったことなどありませんでしたか?」
「アマリリス様に関係があるかはわかりませんが……」
彼は、鎖の切れたロケットをポケットから取り出した。
「宿泊客がいないのに、ドアが開いたままになっていた部屋があり、不審に思って入った使用人が見付けたものです。先程、私の元に届けられました」
「……これは、アマリリスがいつも身に着けていたロケットです」
息を呑んだヴィクターとラッセルの顔から、血の気が引いていく。
(やはり、彼女の身に何かが起きたんだ)
ヴィクターにロケットを手渡した宿の主人が、腕組みをしながら再び口を開く。
「そういえば、少し前に、この宿の前から、随分と急いで一台の馬車が出発して行ったのです。かなりの速さで走り去って行ったので、何事かとは思ったのですが」
「その馬車は、どちらの方向へ向かったのでしょうか。何か馬車に特徴は?」
「王都に向かって伸びる太い道を走って行きましたが、それ以上はわかりませんね。馬車も、どこにでもあるような普通の馬車でしたよ」
ロケットを握り締めたヴィクターは、険しい顔で唇を噛んだ。
(こんな時、ロルフがいてくれたなら……)
ロルフなら、悪意ある何かがアマリリスに近付いたなら、そしてその足跡にも、きっと気付いたに違いなかった。もどかしい思いを堪えて、ヴィクターが風魔法を身に纏わせる。
「私は、馬車が向かったという方向に行ってみます。ラッセル様には、何か思い当たる節はありませんか?」
「そう言えば……」
彼は思案気に口を開いた。
「ヴィクター様とアマリリス様と一緒に、魔物に襲われた村々を回っている時、誰かに盗み見られているような感覚を覚えることがあったのです。その時は気のせいかとも思ったのですが、我々を監視する可能性がある人物と言うと」
「ネイト王太子か」
ラッセルはヴィクターの言葉に頷いた。
「もし、監視の目が我々にあったとしたなら、我々の動向も把握されていたのかもしれません」
苦しげに項垂れたラッセルに、ヴィクターが告げる。
「ラッセル様、私は王都の中心にある王宮に向かいます。ネイト王太子の手の者がアマリリスを攫ったなら、彼女は王宮へと連れて行かれる可能性が高い。あの場所なら、外部の者が容易には手出しできませんから。ですが、これはあくまで想像の話です。ラッセル様はここに留まって、アマリリスが見付かったら、または彼女の足跡がわかったら連絡していただけますか?」
「わかりました」
ラッセルの返事を聞きながら宙に浮かび上がったヴィクターは、目にも止まらぬ速さで、風を切って王宮へと向かった。
アマリリスを探して王宮の上空へと辿り着いたヴィクターは、焦る気持ちを押さえていた。宿屋の主人に聞いた道を急いで追い掛けたものの、それらしき馬車を道中で見付けることはできずにいたからだ。
彼は、光魔法の一種である目眩ましの魔法を纏うと、王宮前の、馬車が並んで止められている場所へと近付いた。そこには、王家の紋章の刻まれた立派な馬車に混じって、ありふれた小型の馬車が一台止められている。
明らかに一台だけ違和感のある馬車に、ヴィクターは確信に近い感覚を抱いていた。
(アマリリスはきっと、この王宮のどこかにいる)
風魔法で上空に昇って王宮全体を見下ろしたヴィクターは、ふとあることに気付いた。王宮の離れにあるこじんまりとした建物の警備が、そこだけ随分と厚いのだ。監視のようにも思われる兵士たちを、彼は訝しげに見つめた。
(あの離れには、何かがあるのだろうか。もしかして、アマリリスはあの場所に?)
下降して建物に近付いたヴィクターは、監視の兵士に気付かれぬまま、音もなく建物の中へと滑り込んだ。
そこで目にした意外な人物に、ヴィクターの目が丸く見開かれる。
(どうして、彼が監禁同然でこのような場所に……?)
離れの中に置かれているベッドの上には、足を鎖で繋がれたシュヴァール王国の国王が横たわっていた。
***
「ん……」
痛む頭を抱えてアマリリスが目を覚ますと、横からネイトの声が聞こえた。
「目を覚ましたか、アマリリス」
「ネイト……様?」
青ざめた彼女は、自分のいる状況が理解できないまま目を瞬いた。どうやら、ベッドの上に寝かされているようだ。逃げようと上半身を起こした彼女だったけれど、片足がベッドに鎖で繋がれていることに気付いて凍り付いた。右の手首には、見たことのない金色の腕輪が嵌められている。
「私、どうしてここに?」
「君に迎えをやったんだ。君が、自分からは俺の元に来てくれなかったからね」
ネイトは、宿の使用人に扮した彼の手先に、アマリリスを攫わせていたのだった。ベッドサイドに腰掛けてアマリリスを見つめた彼は、彼女の頭を撫でると、その銀髪を指先でさらりと梳いた。美しい顔をしたネイトではあったけれど、今までにないほど優しい彼の手付きと、その薄笑みに、アマリリスの背筋はぞわりと粟立った。
「……何のために、ですか?」
恐る恐る尋ねた彼女に、ネイトが微笑む。
「決まっているじゃないか。君に、この国の将来の王妃になってもらうためだよ」
硬い顔で、アマリリスがネイトを見つめる。
「そのお話は、お断りしたはずです。それに、ネイト様は、妹のカルラを選んだではありませんか」
「あれは、カルラに謀られ、騙されたからだ。君が偽聖女だというカルラの言葉を信じてしまったことは、心から謝るよ。……もしかして、妬いていたのかい?」
ふっと笑みを零したネイトに、彼女は気持ちの悪さを感じながら首を横に振った。
「違います。もう、私を解放していただけませんか」
アマリリスの言葉に、ネイトの瞳が鋭くなる。ぎしりとベッドを軋ませて、さらにアマリリスの側へと近付いた彼は、指先ですっと彼女の顎を持ち上げた。
「君は、もう少し自分の立場を自覚した方がいい」
こくり、と恐怖に彼女の喉が鳴る。ネイトは続けた。
「アマリリス。君は、聖女として認定されたあの日から、俺の妻となり、このシュヴァール王国を守るために、日々研鑽を積んできたはずだ。誤解もあったが、それはどうか水に流して欲しい。俺は君に、自分の意思でこの国に戻ってきて欲しいんだ」
「けれど、こんなやり方、脅迫まがいではありませんか」
「ほかに手段がなかったから、仕方なくね」
アマリリスを、彼は射るような目で見据えた。
「王妃となれば、君は相応の発言力も得られる。ライズ王国を攻めることなく、友好的な関係を築きたいなら、君の手でそうすればいい」
押し黙ったまま固くなっているアマリリスの顎から手を放すと、ネイトは彼女の耳元で囁いた。
「綺麗になったね、君は」
アマリリスの身体に悪寒が走る。青い顔で、思わず後方にじりと後退った彼女は、必死にネイトを見つめた。
「私が以前、この国を将来守れるようにと努めていたことは確かです。けれど今、私には、ただ一人想う方がいます。どんな理由があっても、ネイト様の元に戻る気はありません」
「そうか、残念だな」
小さく息を吐いたネイトは、彼女を見つめた。
「なら、力づくで君を俺のものにするまでだ」
彼の瞳の奥に、激しい熱と情欲の色が浮かんでいる様子に、アマリリスは全身から血の気が引くのを感じていた。彼に押し倒されながらも、震える声で防御魔法を唱える。けれど、彼女の魔法が発動することはなかった。
(そんな……!)
アマリリスの動揺を見透かしたかのように、ネイトがにっと笑う。
「君の腕には、魔法の効果を失くす腕輪を嵌めている。どう頑張ったところで、魔法は使えないよ」
アマリリスは腕輪を外そうと試みたけれど、腕輪はびくともしなかった。さらに、何かを探すように辺りを見回した彼女に、彼は畳み掛けた。
「生憎だが、聖女の杖は別室に保管している。君が身を守る術は、もうないということだ」
瞳に絶望の涙を浮かべるアマリリスを見下ろしながら、ネイトはぞくぞくと嗜虐的な快感を覚えていた。
「そんな顔をする君も可愛いよ。……はは、君が奪われたと知ったなら、あの魔術師の男はどんな顔をするのだろうな。暴かれた身体では、もうあの男の元に戻ることもできまい」
激しく抵抗しながら、彼女は心の中で叫んだ。
(ヴィクター様、助けて……!)
ネイトにのしかかられ、両腕を押さえつけられていたアマリリスは、どうにか逃れた片手で、胸元に一つだけ残されていたペンダントをぎゅっと握った。