婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む

銀色の光

「国王陛下。貴方様が、なぜこんなところに……」

 魔法を解いて姿を現したヴィクターは、すぐにシュヴァール王国国王の足に繋がれていた鎖を切った。
 病弱な国王は、ネイトにほとんど国を任せるようになり、表舞台に上がる機会は少なかったけれど、ヴィクターは以前、彼と言葉を交わしたことがあった。温厚で民のことを一番に考える彼に、ルキウスもヴィクターも尊敬の思いを抱いていたのだ。

 国王は驚いた様子ではあったけれど、ヴィクターの姿を認めて微笑んだ。

「ありがとう。……誰より先に、隣国から来た君が私を見付けてくれるとはな」

 彼のベッドの横で、視線を合わせるようにヴィクターは跪いた。

「お怪我はありませんか? いったい誰がこんなことを……」
「私の愚息だよ」

 国王が深い溜息を吐く。

「貴国に攻め入ろうと鼻息荒くしていた彼を、私が諌めたことが引き金になったようだ。既に国政に関する権限の多くを委譲していたこともあり、私が物申せぬように動きを封じることも、そう難しくはなかったのだろう。残念だが、育て方を誤ってしまったようだな」
「そんなことが……」

 ヴィクターが口を開きかけた時、建物の外側から声が聞こえ、足音が近付いて来た。

「中から話し声がしないか?」
「本当か? この中には、陛下お一人しかいないはずだが」

 ドアが開き、中に足を踏み入れた兵士たちの身体が、風で軽々と宙に舞う。壁に叩き付けられて、気を失った彼らはずるずると床に滑り落ちた。
 大きな音に気付き、異変を察知して駆け込んできた兵士たちも、ヴィクターがすぐさま風魔法で跳ね除けた。
 一様に気絶して床に転がる彼らを眺めて、ヴィクターが呟く。

「多少手荒な真似をしてしまいましたが、仕方ありませんね」
「彼らは、息子の息のかかった者たちだ。一歩外に出れば、私がこのような状況にあったことを知らなかった者が大半だろう。……すぐに息子を捕らえねばなるまい」

 暗い顔で呟いた国王は、ヴィクターを見つめた。

「どうして、君はここに?」

 ヴィクターは厳しい表情で答えた。

「実は、アマリリスが攫われて、この王宮に連れて来られたようなのです」

 これまでの経緯を端的にヴィクターが伝えると、国王の顔がみるみるうちに険しくなった。

「それも愚息が謀ったことだろうな。……すぐに彼女を探し出せるよう、手を尽くそう」

 ヴィクターは、足元が覚束ない国王に手を貸すと、離れから王宮へと向かった。
 久し振りに目にする国王の姿と、隣に並ぶ見かけないヴィクターの顔に、幾人もの王宮勤めの兵が心配そうに駆け寄ってくる。

「陛下、お身体は大丈夫なのですか?」
「体調を酷く崩されていて、一部の者しかお目にかかることも難しいと伺っていましたが……」
「それは私を陥れるための、ネイトによる作り話だ」

 国王は、彼の身に起きたことを簡単に話し、離れに倒れている兵士を拘束するよう兵士たちに告げると、ヴィクターを見つめた。

「アマリリスを見付けたら、必ず無事に保護すると約束しよう。君も自由にこの王宮内を探してくれて構わない。ネイトを捕らえるよう、そして君が自由に動けるように、指示を出しておくよ」
「ありがとうございます」

 ヴィクターは国王の肩を兵士の一人に預けると、アマリリスの姿を見た者がいないかを尋ねたけれど、皆戸惑ったように首を横に振った。
 歯噛みするような思いで、ヴィクターは王宮の内部へと駆け込んで行った。

***

「アマリリス、こっちを向け。俺の顔を見ろ」

 涙に滲む視界に、彼の顔が迫って来るのを感じて、アマリリスは必死に抵抗して顔を横に向けた。けれど、彼の手で無理矢理に顔の向きを変えられ、向き合った彼の顔が近付いてくる。

(……嫌!)

 ネイトの唇が彼女の唇に触れそうになった時、ネイトの身体に衝撃が走り、彼は宙を舞いながら後ろに吹き飛ばされた。
 悔しげに床から起き上がったネイトが、アマリリスを睨み付ける。

「今、俺に何をした?」

(きっと、ヴィクター様が防御魔法を込めてくださった、このペンダントのお蔭だわ)

 彼女は、胸元の赤い宝石が嵌められたペンダントを手に握り締めていた。
 立ち上がり近付いてきたネイトが、彼女の掌をこじ開ける。

「こんな妙なものを持っていたのか」

 ネイトは鎖を引きちぎると、ペンダントを奪って放り投げた。再び絶望に襲われながらも、アマリリスは心の中で祈っていた。

(精霊様、どうか力を貸してください)

 その頃、鍵のかかった王宮奥の宝物庫の中では、聖女の杖を彩る竜の瞳が赤く輝き、その身体が銀色の光を放ち始めていた。ゆっくりと動き出した杖は、竜へとその姿を変えていった。

***

「アマリリス! いませんか?」

 ヴィクターは大声で彼女の名前を呼びながら、王宮内を走っていた。国王のお蔭で、王宮勤めの者や兵士たちも彼に力を貸してくれてはいたものの、一向に彼女が見付かる気配はない。

「ネイト王太子の部屋は、どこですか? 彼の部屋にいる可能性は?」

 尋ねた彼に、兵士の一人が首を横に振った。

「空室でした。ネイト王太子殿下は、ご自分の部屋にはいらっしゃいません」
「いったい、彼女はどこに……」

 ヴィクターが唇を噛む。彼には、アマリリスが王宮に来たのなら、ネイトが既に彼女の側にいるように思われた。
 焦る彼の耳に、突然爆発音のような轟音が鳴り響く。王宮の床を揺らすほどの衝撃に、ヴィクターの周りにいる人々も戸惑いを隠せずにいた。

「宝物庫だ! 何者かに、宝物庫が破られたぞ」

 悲鳴混じりの叫び声に、ヴィクターが思わず立ち止まったその時、銀色に光輝く何かが、風を切るように飛んで来たかと思うと、すっと彼の目の前に舞い降りた。その赤い瞳に見つめられ、ヴィクターの目が瞠られる。

「これは……」

 ヴィクターの視線の先には、美しい銀色の竜がいた。訴えかけるようなその赤い瞳を見つめ返すと、すぐさま身体に風を纏わせたヴィクターは、竜に導かれながら、王宮の廊下を滑るように飛んで行った。
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