婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む

光に包まれて

「わあっ! アマリリスさん、とっても綺麗……!」

 王宮の控えの間に現れた、純白のウェディングドレスに身を包んだ輝くばかりのアマリリスの姿に、ロルフが感嘆の声を上げた。絹糸のような銀髪は美しく結い上げられ、その胸元と耳元には、ヴィクターから贈られた、ダイヤのネックレスと揃いのイヤリングが眩く輝いている。背中が隠れるデザインのウェディングドレスだったけれど、ドレスの内側に残っていた傷痕も、ロルフの薬のお蔭で、少しずつ薄くなってきていた。

「ふふ、ありがとうございます。ロルフ君も、とっても格好いいですよ」
「そうかなあ、ありがとう」

 黒いタキシードを身に着けたロルフは、照れたように頭を掻いた。
 そんな二人に、後ろから明るい声がかかる。

「アマリリス、ロルフ」
「師匠!」

 二人が振り向くと、ちょうどドアから控えの間に入って来た、銀色のフロックコートを纏ったヴィクターが微笑んでいた。まるで御伽噺から飛び出して来た王子様のような彼の麗しい姿に、アマリリスがほうっと息を呑む。

「本当に綺麗ですね、アマリリス」

 ヴィクターに優しく目を細められ、彼女の頬が薔薇色に染まる。

「ヴィクター様こそ、凄く素敵です」

 アマリリスの隣に並んだヴィクターは、ライズ王国の王宮の大きな窓から、雲一つない青空の下、熱気に包まれた人々を眺めていた。

「……たくさんの人々が集まってくれているようですね」

 ささやかな式を望んでいたアマリリスとヴィクターだったけれど、周囲がそれを許さなかった。二人の結婚式の噂を聞きつけた、ライズ王国の国王やルキウス王太子はもちろんのこと、シュヴァール王国の国王をはじめ、ラッセル夫妻や、彼らに助けられた民も、二人の結婚を祝うことを熱望したのだ。はじめは戸惑った二人だったものの、両国の友好関係に一役買うのならと、最終的には首を縦に振っていた。
 大規模な式は、ライズ王国の王宮を舞台として行われることになり、二人が姿を現す前から、王宮全体が祝賀ムードに包まれている。

「これほど多くの方々が、私たちを祝福するために集まってくださったなんて」

 しみじみとアマリリスが呟く。実家では虐げられ続け、突如聖女に祀り上げられたかと思えば、偽聖女の汚名を着せられてシュヴァール王国を追放されたのも、そう遠い昔のことではない。それなのに、今自分がいる場所が驚くほど明るく、そして隣に心から愛する人が寄り添ってくれていることに、アマリリスは信じられないような気持ちでいた。
 ヴィクターが、アマリリスの身体をそっと抱き寄せる。

「これは、貴女が人々の為を思い、尽くしてきたことの結果です。今後の期待も込められているのかもしれませんが、貴女がどれだけ民に愛されているのかが伝わってきますね」

 ライズ王国で、リドナイトの防具に一緒に魔法を込めた仲間たちや、シュヴァール王国で二人が救った民、その噂を聞きつけて聖女を一目見たいとやって来た者たちまで、既に国境を越えて、皆が笑顔で言葉を交わしながら、アマリリスとヴィクターの結婚式を待ち侘びていた。
 その様子に、彼女の顔が自然と綻ぶ。

(少しでも、両国の人々の距離が近付くきっかけになったなら)

 互いを知り、そして友になることができたなら、戦を起こして命を奪い合うことなど考えなくなるのではないかと、アマリリスは希望を込めてそう願っていた。
 アマリリスがヴィクターを見つめてにっこりと笑う。

「ヴィクター様が私に手を差し伸べてくださってから、私の人生はすっかり変わりました」

 魔物に襲われかけていたところをヴィクターに救われてから、まるで明るく温かな光に包まれるようにして、自分を包んでいた暗い霧が晴れていったように、アマリリスには思えていた。
 そして、愛する人とこれからも過ごしていける幸せを、しみじみと噛み締めていた。

 ドアがノックされ、三人が返事をすると、正装したルキウスがドアの陰から姿を現した。
 並んで立つヴィクターとアマリリスの姿に、ルキウスが感慨深げに口を開く。

「ヴィクター、君のこんな晴れ姿を見ることができるなんて、俺も嬉しいよ」

 女性からの人気が高かったにもかかわらず、アマリリスのほかには、いくら言い寄られても誰にも目もくれなかったヴィクターのことを、ルキウスは思い出していた。

(運命の出会いというのは、本当にあるのかもしれないな)

 どれほど互いに想い合い、大切にしているのかが、彼らの側にいるだけで自然と伝わってくる。ルキウスはアマリリスを見つめて丁寧に一礼した。

「アマリリス様。両国の和睦の象徴とも言えるような、このような素晴らしい日を迎えることができたのは貴女のお蔭です。我が国の窮地を救ってくださったこと、礼を言わせてください」
「私の方こそ、この国で温かく迎えていただき感謝しています。ヴィクター様に助けていただいたからこそ、今の私があります」

 目を見交わして、はにかむように笑い合う幸せそうな二人に、ルキウスもつられるように微笑んだ。

「俺はもう行きますね、また式を楽しみにしています。ヴィクター、アマリリス様、本当におめでとう」
「僕も、先にチャペルに行って待っているね!」

 二人に手を振ったロルフが、はっと目を瞠る。まるで天にいるアマリリスの母が微笑みかけているような、窓から差し込む明るい陽射しだけでなく、アマリリスを見守る精霊が放つ眩いばかりの光が、二人を祝福するように包み込んでいた。

(師匠とアマリリスさんがいれば、ライズ王国にも、シュヴァール王国にも、きっと明るい未来が待っているんじゃないかな)

 ロルフの胸は、そんな確かな予感を覚えていた。

 ルキウスとロルフが部屋を去ってから、ヴィクターはアマリリスに微笑みかけた。

「さて、私たちもそろそろ行きましょうか」
「はい!」

 彼女の胸に抱えられているウェディングブーケには、凛と咲くアマリリスの花があしらわれている。母を思い出しながらアマリリスの花を見つめた彼女に、ヴィクターは一歩近付くと、その目に薄らと滲んでいた涙をそっと指先で拭った。
 そして、彼女の唇に、触れるだけのごく軽いキスを落とした。

「……!」

 頬を染めたアマリリスを、ヴィクターが優しく見つめる。

「貴女の悲しみも、喜びも、ずっと分かち合っていきたいと思っています。……でも、貴女には笑顔が一番似合いますよ」

 包み込むような彼の温かな視線に、アマリリスの顔が花咲くように綻ぶ。アマリリスは、天にいる母と精霊に、ヴィクターと出会わせてくれた幸運への感謝を覚えずにはいられなかった。

「はい、ヴィクター様」

 誰より愛しいヴィクターに差し出された手を取ったアマリリスは、二人を祝福する人々の待つ、明るい光の中へと踏み出していった。
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