婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む

ネイトの思惑

 アマリリスを王宮から追放した後、カルラはネイトの隣でほくそ笑んでいた。

(いい気味だわ、お姉様。今まで厄介だったけど、これでようやく始末がついたわね)

 姉が魔物の餌になってしまえば、もう彼女への虐待の痕が発覚することもない。ほっと胸を撫で下ろしていたカルラに、ネイトが小声で告げた。

「カルラ。大事な話があるんだが、少し話せるか?」
「ええ、もちろんですわ」

 にっこりと笑ったカルラを伴って、ネイトは自身の執務室へと戻ると、従者に人払いをさせた。
 ソファーに並んで腰掛けると、ネイトはカルラを見つめた。

「ライズ王国で稀少な資源が採掘されたという話は、カルラの耳にも入っているな?」
「ええ。それがどうしたというのですか?」

 不思議そうに尋ねたカルラに、ネイトは続けた。

「その採掘場所は、我が国の国境にも近い場所だ。だが、あの国の王太子は、俺から持ち掛けた採掘権の交渉を、あろうことかあっさりと蹴ってきた。……交渉なんていうまどろっこしいことは、もう終いだ。ライズ王国を攻め落とすぞ」
「まあ……!」
「カルラ。君のその聖女の力を、俺に貸して欲しい」

 ネイトの言葉に、カルラが瞳を輝かせて頷く。

「私の聖女の力は、この王国のためにあるのですもの。当然、貴方様のお力になりますわ。……あんな小国、あっという間に落とせることでしょう」
「はは、カルラもそう思うか」

 ネイトは安堵に表情を緩めてから、満足気に両の口角を上げた。カルラも興奮気味に頬を染めて笑みを深める。

「シュヴァール王国は、もっと偉大な大国になれる国だと思います。国を大きく発展させれば、ネイト様の名前も歴史に刻まれることでしょう」
「そうだな。君の名も、俺の名と一緒に歴史に残ることだろう。聖女としても、そしてこの国の王妃としてもな」

 彼はカルラの手にある聖女の杖を眺めた。

「その杖はどうだ。アマリリスのように使いこなせそうか?」
「お姉様のようになんて心外ですわ、ネイト様。お姉様以上に立派に使いこなしてみせます。ただ……」

 カルラは少し不満げに眉を寄せた。

「今まで、お姉様はずっとこの杖を独占して、私にはまったく触らせてもくださらなかったのです。まだ、聖女の杖の力は私に馴染みきってはいないように思いますが、思いのままに使いこなせるようになる日も、そう遠くはないことでしょう」
「そうだな。君こそが本物の聖女なのだし、魔力自体も遥かにアマリリスを上回っているのだから」

 色っぽい上目遣いでネイトを見上げたアマリリスの顎を、彼はすっと指先で持ち上げた。

「期待しているぞ、カルラ」
「ネイト様……」

 彼の唇がカルラの唇に重なる。美しい彼女に両腕を首に回されて、ネイトは血が沸き立つのを感じていた。

(まずはカルラが手に入った。次はライズ王国だ。アマリリスを排除したのは、やはり正解だったな)

 せっかくの聖女が開戦に反対するようでは、むしろ自分にとって、その存在自体が障害となる。アマリリスがライズ王国への侵攻に反対した時点で、彼女を聖女の地位から追い落とし、自らの婚約者から外すことは、彼の中では既定事項になっていた。

(だが……)

 ネイトの心の中には、もやもやとした一抹の不安があった。それは、本当にカルラが真の聖女であり、彼女が杖を使いこなせるのかということに対する微かな懸念だ。
 正直なところ、ネイトには、真っ当に見える理由をつけてアマリリスを追い出し、代わりにカルラを妻にできるなら、それが何だとしても構わなかった。そもそも、魔物の被害もない平和な国内に、聖女の力は不要と言っても過言ではない。お飾りの聖女なら誰だって構わないのだから、それなら、自分の意を汲んでくれるカルラの方がアマリリスよりも望ましいことは、言うまでもなかった。

 カルラの、アマリリスに命を狙われたという訴えも、ネイトは彼女の言葉通りに受け取っていたという訳ではない。それは、普段のアマリリスの姿からは最も想像がつかないことの一つだったからだ。ただ、彼にとって、カルラの訴えは、アマリリスを追い落とす上では非常に都合が良かった上に、仮に聖女が不在になったとしても、戦力で勝るシュヴァール王国は、ライズ王国になど余裕で勝利できるだろうと、確たる自信を持っていた。

 ネイトには、聖女像とその杖が、カルラの前でアマリリスよりも明るく輝いたこと、そして、聖女とされていたアマリリスとも血が繋がっていることから、カルラが確かに聖女である可能性が高いようには思われた。けれど、仮にカルラが聖女の杖をアマリリスほど使いこなせなかったとしても、彼女が魔法の腕に優れ、頼もしい戦力になることは事実だったし、それで十分だった。

(まあ、俺に必要だったことは、たった二つ。聖女の杖をアマリリスから取り上げることと、彼女の息の根を止めることだ。……その両方を叶えたのだから、もう何も問題あるまい)

 もしも、アマリリスが本物の聖女だったとした場合、彼女を生かしておく訳にはいかなかった。聖女の杖がなければ優れた魔法が使える訳ではなかったけれど、万が一にも国外で生き延びて、反旗でも翻されたら厄介だからだ。そのような綻びの芽も、ネイトは慎重に摘み取ったつもりでいた。

(怒らせた魔物にアマリリスを襲わせたのだ、彼女はもうこの世にいるはずがない)

 馬車で魔物の巣窟から急ぎ逃げ帰ってきた兵士たちに話を聞いて、ネイトはご満悦だった。

(後は、さっさとライズ王国を攻め落とすだけだ)

 彼がカルラに口付けながら、その長い髪を指先で弄んでいた時、執務室のドアがノックされた。
 小さく溜息を吐いた彼がカルラから唇を離して返事をすると、ドアが開いて従者が顔を覗かせ、頭を下げる。

「失礼します、ネイト様。国王陛下がお呼びです」
「わかった、今行く。……カルラ、また後でな」

 艶やかな笑みを浮かべたカルラが頷いたのを見届けてから、ネイトは立ち上がって執務室を出ると、父の部屋へと向かっていった。
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