このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
第五章:それは追加契約になります
 クライブが知る限り、イリヤの寝相がいいとはけしていえない。クライブが寝るときには寝台の隅で眠っているのに、こうやってクライブが横になるとごろごろとすり寄ってくるのだ。
 そして毎朝、目覚めると驚いて声をあげる。クライブのせいではないというのに、まるでこちらが悪いとでも言うかのような冷ややかな視線を投げつける。
 だがそんな朝も悪くはないと思っているし、できるのであればこの関係を続けていきたいと願っている。
 今の関係を続けていくためには、イリヤと心を通わせる必要があるのだが、これがなかなか難しい。これ以上の関係に進みたいと思っているのだが、それはもっと難解な問題のようだ。
 出会ったときから目が離せない女性ではあったが、共に暮らしていくうちに、もっと気になるようになってしまった。これがエーヴァルトに仕組まれた契約結婚であったとしても、それすら忘れることもある。
 いや、結婚してから数日の間に、クライブはすっかりとそのようなことを忘れた。イリヤが頑なにその言葉を口にして「ああ、そうだったな」と思い出すのだ。
 そのせいか彼女は、未だにクライブを名前で呼んでくれない。人がいる前では旦那様であるが、二人きりになれば閣下である。呼び名からも、二人の間には重たくて高い岩があるような、そんな感じがした。この岩が壊れる日はやってくるのだろうか。
 だから仕方なく、そう仕方なく、エーヴァルトに相談したところ「甘い雰囲気を作って、そこで愛をささやけばいいだろう。私はトリシャに……」と、のろけ話が始まったので、そこから先は聞いていない。
 とにかく、甘い雰囲気を作るのが重要らしい。
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