このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 この騎士には何をどう言っても無駄かもしれない。だからって、ここで食い下がるわけにもいかない。
「偽物も何も……白紙だろうが。これ以上、騒げば、牢にいれるぞ。公務執行妨害だ」
 門を守る騎士にとって、その仕事は公務である。それを邪魔したイリヤは公務執行妨害に該当するようだ。
 だがいっそのこと、牢にぶち込まれたほうが、彼らの手に落ちなくて済むかもしれない。
 そんなことまで考えてしまった。
 一気に、イリヤの心の中の何かが、音を立てて崩れようとした。
「……先ほどから何を騒いでいる」
 大きな門の脇にある通用門。そちらから颯爽と現れた黒い髪をすっきりと後ろになでつけている男。見るからに騎士ではない。
 丈の長い濃紺のテイルコートは襟が立っているし、中のシャツの前立てにもレースがついていて、見るからに文官である。アイビーグリーンの目は、鋭く周囲を威嚇し、銀縁眼鏡が彼をより冷たい印象に仕立て上げる。
「宰相閣下……こちらの不審者を追い払おうとしていたところです」
 とうとうイリヤは不審者扱いとなってしまった。
「……不審者? オレには淑女のようにしか見えないが。それとも、物売りの商人か?」
 まるで騎士の対応が不当であったかの言いようである。となれば、イリヤの味方と考えてもいいのだろうか。
「いえ。身分を偽って王城に入り込もうとしている娼婦です」
 娼婦と言われ、イリヤの心に反抗心が燃え始めた。折れかかった気持ちは、奮い立つ。
 それに、柄の悪い騎士は、この男を宰相閣下と呼んだ。となれば、この男に話を通すのが手っ取り早いのでは。
「違います。ケノン職業紹介所の求人票を見てきたんです」
 ひくっと黒髪の男はこめかみを震わせた。
「それなのに、この方たちが私を娼婦扱いするのです。紹介状もあります」
 イリヤは突っ返された紹介状と求人票を、黒髪の男に押しつける。
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