このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 マリアンヌはイリヤの胸元に手を伸ばしている。
「眼鏡をかけているほうが、知的に見えるだろう?」
「もしかして、それが理由……?」
 その言葉に、彼は答えなかった。ただイリヤの胸元に頭を預けているマリアンヌを愛おしそうに見つめている。
 そう言われると眼鏡を外したクライブは、一気に幼く見える。立場上の威厳というものだろうか。
「あ、あのですね。家に手紙を出したいのですが、よろしいでしょうか?」
「手紙?」
 彼はそう聞き返すが、彼の人差し指が不自然な位置で止まっている。またマリアンヌの頬をつんつんとつつこうとしたのだろう。だが、気持ちはわかる。ぷっくりとしたもちもちのほっぺは、触らずにはいられないのだ。
「はい。閣下と結婚したことを母に報告したくて」
 黙って腕を組んだ彼は、何かを考え込んでいる様子。
「……そうだな。イリヤの家、マーベル子爵邸に挨拶にいかねばならないな」
「え、いや。いいですよ。どうせ今の父は叔父ですし」
「そういうわけにはいかないだろう? 君の両親にはきちんと挨拶をしておきたい」
「どうせ、契約結婚なのに。マリアンヌが結婚したら、私たちは離縁ですよ?」
 そのマリアンヌは、イリヤの胸の間に顔を埋めて眠っている。
「イリヤがそう思うのは自由だが。それだってあと十年以上も先の話だ。それまでに君の気持ちが変わるかも知れないしな」
 なぜかクライブの眼差しが優しく感じられ、胸に突き刺さる。だが、それに返す言葉が見つからなかった。
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