三角関係勃発!? 寝取り上司の溺愛注意報

四章 ふたりの恋の行方の件②

 翌日、いつもより早めに出社した沙耶は、藤本もすでに会社に来ていることを知る。彼の机の上のパソコンが起動しており、鞄などの荷物も置かれていたからだ。しかし藤本の姿は見えない。廊下や休憩室におもむくも、やはり藤本はいなかった。どこにいるのだろうと考えているうちに、今日のミッションに対する緊張が出てきてしまう。

(いよいよ課長に告白するんだもの、屋上にでも行って少し心を落ち着かせてこようかな?)

 そうして屋上への階段をのぼっていると、誰かがやりとりする声が聞こえてくる。どうやら先客がいるらしい。引き返そうと思ったが、その声に覚えがあったため、ついこっそりとドアから顔をのぞかせてしまう。
 そして、愕然とした。
 そこには藤本と、なんと田辺美保子が向かい合って話していたのである。

(な、なんで課長と田辺美保子がここに……!?)

 浮気されたトラウマが、いやでもよみがえってくる。足が自然とガクガクと震えた。ふたりとも何か込み入った話をしているようで、沙耶の存在には気づいていない。

「こんな時間にこんなところに呼び出して、何を言うかと思えば……」

 藤本がなぜかすっかり呆れた様子で田辺に言う。
 その前の会話がわからなかったが、どうやら田辺のほうが藤本に話があったようだ。
 田辺が瞳を潤ませ、藤本にしなだれかかる。

「あたしはほんとに困ってるんです。営業部の小林さんにつきまとわれて……! 藤本課長なら、あたしを助けてくれると思って……! だって、あたしの王子さまだからっ」

 沙耶は驚き、大きく目を見開いた。
 状況は極めて悪い。田辺は沙耶から尚樹を奪い、そして今度は藤本まで奪おうというのだろうか。自然と胸が詰まり、涙が込み上げてくる。でも、行方を見守るしかない。
 藤本が自身の胸にすがりつく田辺の肩に手を置いた。

(もしかして課長……彼女を受け入れてしまうの――!?)

 そこでようやく沙耶は、田辺美保子に嫉妬している自分を意識する。

(ああ……私は藤本課長が……好き、なんだ……だからこんなに、苦しいのね……)

 叶わない恋なのかもしれないし、こんなときに気づくなんて皮肉な話だ。
 しかもいっこうに藤本に田辺を突き放す様子は見られない。とてもこの場になんていられないと、踵を返そうとしたときだ。

「君はそうやっていろいろな部署の男たちをたぶらかしてるのか」
「え……」
(ええっ!?)

 藤本の底冷えするような低音のひとことに、田辺が呆気に取られている。
 沙耶も思わず足を止めて聞き入った。

「か、課長……?」

 震える声で藤本を呼ぶ田辺を肩から引きはがし、藤本は吐き捨てるように言った。

「悪いが、このことは上に報告させてもらう」
「え、あっ……ちょっと、課長! それはどういうことですか!? あたしはただ、課長が好きなだけ――」
「同じ手でうちの会社の男たちをたらし込んでいることはわかってるんだぞ」

 そうなの……!? と、沙耶は思わず勢いよく屋上に足を踏み出し、その足音から藤本と田辺が沙耶に気づいた。ふたりそろって、急に現れた沙耶の存在に目を見張る。

「沙――宮城?」

 藤本は一瞬だけ驚いた表情を見せるも、すぐに破顔して沙耶のほうにやってきた。そして何を思ったのか、そのまま田辺の前で沙耶をうしろから抱き締めたのである。

「え、あ……っ」

 沙耶は言葉にならない声を上げ、顔を真っ赤に染めていた。
 田辺に見せつけるように、藤本は親しげに沙耶の頬に口づける。

「ひゃ、ひゃあ!? 藤本課長!」
「――ということだから、俺のことは諦めてほしい」

 アワアワする沙耶をそのままに、藤本は田辺にすげなくそう告げた。
 田辺はギリと唇を噛み締め、かわいい顔の面影もなしにこちらをにらんでいる。

「あなたは確か、小林尚樹の彼女だったはずじゃ……」
「元、です。いまは違います」

 宣戦布告を全面的に受けるかのように、沙耶はきっぱりと言い切った。
 すると田辺はチッと舌打ちする。

「だからつまらない男になったのよ、尚樹は。ひとのものだから、奪って気持ちよかったのに」
「は、はあ!?」

 そんな思考の持ち主がこの世の中に存在するのかと、沙耶は耳を疑った。
 藤本も同様のようで、眉間には深いしわが刻まれている。

「組織の輪を乱すような輩は、うちの会社に必要ない。覚悟しておくんだな」

 そう牽制すると田辺は悔しそうに顔を歪め、屋上からバタバタと走り去っていった。
 一転、ふたりきりになると、藤本がようやく沙耶を離してくれる。
 温かい熱が遠ざかり、おぼえず寂しいと思ってしまった自分を恥じた。

「こんなところを見せることになって悪かったな。まさか宮城がいるとは思わなくて」
「い、いえ! こっちこそこんな場面に居合わせて申し訳なかったです!」
「でもいてくれてよかった」
「え――」

 藤本が距離を詰め、もう一度、今度は前から沙耶を抱き締めてくる。
 沙耶の心臓の鼓動が限界まで跳ね上がり、ドキドキとうるさいぐらいに高鳴ってしまう。

「俺の気持ちは、これまで伝えてきた通りだ。その答え、いまなら教えてくれるか?」
「藤本課長……」

 なんだか込み上げてくるものがあり、沙耶の瞳に涙の膜が張られた。気持ちはもうはっきりしていた。あとは藤本に伝えるだけだ。いま以上にふさわしい展開などあろうか。

「私も……私も好きです。課長のこと、好きなんです」
「本当か?」

 少しだけ身体を離した藤本が、不安げに沙耶の顔をのぞき込んでくる。もう一度言ってほしいとねだられ、沙耶はトマトのように熟れた顔で言葉を紡いだ。

「は、はい! 藤本課長のことが、好き、です……!」
「沙耶……っ」

 背中に腕を回され、大きな安心感に包まれる。
 沙耶もまたそろそろと藤本の腰に腕を回し、彼の熱と感情を受け取ったのであった。
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