三角関係勃発!? 寝取り上司の溺愛注意報

一章 彼氏が浮気している件④

 無心でコピーを取っていると、何もかも忘れられる。尚樹の浮気は終始沙耶を苦しめていたが、沙耶とて上司の家に泊まったのだから、たとえ何もなかったからとはいえ同罪なのかもしれない。
 はあっと、深い溜息がこぼれた。
 すると背後から唐突に声がかかる。

「悩みごとか?」

 驚いて振り返ると、そこには藤本が立っていた。こんな狭い部屋でふたりきりという状況に、沙耶は戸惑う。それが顔に出たのか、藤本が距離を開けた。

「大丈夫。会社で何かするほど、俺は盛っていないから」

 ニッと笑う藤本を前に、なんだか力が抜けてしまう沙耶である。

「課長……冗談はほどほどにしてください。心臓が持ちません」
「それはプラスに取ってもいいのかな?」
「え?」

 キョトンとする沙耶に、藤本が一歩距離を詰めてきた。
 沙耶はドキッとしてしまい、そんな自分を心の中で叱咤していた。

「そ、そんなこと……もう言わないでください。本気にしちゃいますから……!」

 すると藤本がニヤリと笑う。

「俺はおおいに本気にしてもらっても構わないんだけどな」
「も、もう! 課長!」
「名前で呼んで?」
「な、名前?」
「そう、ふたりきりのときは」
「む、無理ですよ! 私と課長は何もありませんし、何より課長は上司ですから!」

 沙耶は一歩うしろに下がった。しかし背後は壁で、逃げ場がなくなってしまう。
 そんな沙耶を獲物のように追い詰め、藤本は壁に手をついて沙耶を閉じ込める。
 沙耶は頬を真っ赤にして、目の前の藤本を見ないよう顔を背けていた。

「沙耶……俺を見て?」
「む、む、む、無理ですっ」
「じゃないとキスしちゃおうかな」

 そんなことを言われてしまい、沙耶は慌てて顔を前に戻す。目と鼻の先に藤本の顔があり、互いの呼気が混じり合いそうなほど近い。

「キ、キスはダメです……!」

 なんとか言葉を振り絞ると、藤本は「それは冗談」と言ってくつくつと喉を鳴らした。
 再び真っ赤になっていると、今度は真面目な調子で言葉を継いでくる。

「沙耶の気持ちが俺のほうを向くまで待つつもりだ。おととい、そう言っただろう?」
「ほ、ほ、本気ですか……?」

 涙目でおそるおそる聞く沙耶を前に、藤本はコクリとひとつうなずいた。
「小林のような軽薄な男に、沙耶はもったいない。俺なら、ぜったい一途に大事にするのに」
「か、課長……」

 もしその言葉を尚樹が言ってくれていたら、なんの問題もなく交際は続いていただろう。数奇な運命に、沙耶はうつむく。

「私は……わからないんです。でも、尚樹のことはきっと好きだから……」

 だからごめんなさいと、沙耶は謝罪した。
 そのとき、コピー機が止まる。入力した部数がぜんぶ終わったのだ。
 沙耶は無言の上司をその場に捨て置き、資料の束を持ってその場をあとにした。
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