眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
婚姻届は覚悟を持って
 岬嶺人との顔合わせに選ばれたのは、郊外に居を構える西城ホテルの一つだった。閑静な森に囲まれ、隠れ家的人気を誇るそのホテルは一階のカフェテリアから臨む庭が美しい。晴れ渡った空の下、庭の中央に植えられた枝垂れ桜が満開の花房を風に揺らし、薄桃色の花びらを芝生に散らしている。

 しかし美雨の視界には桜など一ミリも映っていなかった。せっかく窓際の席を用意してもらったのに机の上に置かれたティーセットばかりを見つめ、汗の滲む手のひらで振袖を着た膝を掴んでいる。両親が設えてくれた一張羅だった。
 そんな美雨の様子に、ふ、と目の前に座る男が淡い笑みをこぼす。

「緊張するな、美雨。もう十年来の付き合いだろう」
「それはそう、ですが……」
「それとも、婚約者殿は俺が相手では不満か?」
「まさか!」

 揶揄うような声にガバリと顔を上げれば、こちらを見つめる極上の美貌と目が合って、美雨は懸命に呻きを押し殺した。
 白皙の肌に、知性を湛える切れ長の瞳。高い鼻も形の良い唇も、何もかもが完璧な位置に配置された端正な顔立ちで、綺麗に撫でつけられた黒髪にも隙がない。さらに黒の三揃いが長身によく映えて、美貌を際立たせていた。いや彼ならどんな服でも着こなすだろうと思うが……それはともかく。
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