眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 岬嶺人。美雨にとっては初恋の人で――初めての失恋をした人だった。
 どうして好きになってしまったのかなんてもう覚えていない。何かドラマチックなきっかけがあったわけではない。ただともに過ごす日々のうちに、思慕が募って美雨の心の形を作り替えたのだ。ちょうど寄せては返す波が、長い時間をかけて陸地を削り、海岸線の形を変えていくように。
 こんな漠然としたものが恋なのか、とときおり途方に暮れる。もっとはっきり「嶺人さんのここが好き」と言いたかった。それでこそ本当の恋ではないのか。
 何より好きな理由がしかとわかっていれば、この当てのない恋心を諦めることもできるに違いないのに。

 面を上げた美雨に、嶺人は満足そうに笑う。それからこちらの緊張をほぐすように、柔らかな声音で水を向けた。

「まさか美雨と結婚することになるとはな。変な感じだ。ほんの少し前まで大学生だっただろう」
「に、二年も前の話ですよ」
「そうか? 美雨の大学の卒業式がついこの間のことに思える。俺も歳かな」
「そんなこと……っ」

 嶺人はまだ二十七歳のはずだ。二十四歳の美雨の三つ上。
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