眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 視線の先では青い水の中に珊瑚礁が広がり、その間を赤や黄色の小さな熱帯魚が悠々と泳いでいる。遠い熱帯の海底にいるみたいな、夢のように綺麗な光景のはずなのに、美雨の心は塞ぐ。
 自分も一応西城ホテルの社長令嬢という身分だが、彼は格が違う。あらためて圧倒されるとともに、どうして自分なんかのためにそこまでするのか、と疑念が頭をもたげる。

「さて、美雨はどこから見て回りたい?」

 嶺人が微笑んで美雨を促す。その微笑の柔らかさにはどうしても混じりけが見つけられなくて、立ち尽くすような心地になってしまう。
 ――たとえ注がれるのが、慈しみでも、憐れみでも。
 喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込み、美雨は結ばれた手を握り返した。

「一階から見ていきましょう。ほら、あの水槽、とっても綺麗です」

 美雨の指差す熱帯魚を見て嶺人が黙り込む。それから美雨を眺め「……ああ、綺麗だな」と呟いた。
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