セブンアンドシックス

第1話 ありえない弁護士!!!

◯高級ホテルの一室(昼)

ソファで対面に座る高校2年生の麻生(あそう)梛々子(ななこ)とスーツ姿の男・六花(りっか)(とおる)
重苦しい雰囲気が部屋に流れている。

梛々子「……」

ローテーブルに置かれた紙切れを見つめる梛々子

六花「これにサインをお願いします」
梛々子「本当に…煌夜(こうや)は納得したですか?」

六花「ええ、もちろん」
淡々と口を開く六花

梛々子(……)
膝に置いた手をきゅっと握る
紙切れは、つきあって1年になる彼氏・桂木(かつらぎ)煌夜(こうや)に二度と近づかないという誓約書

六花「ご存知かと思いますが、煌夜さんは桂木家のご子息であらせられます」
「お付き合いする方はふさわしい女性でないと」

メガネをくいっとあげる立花。胸に弁護士バッチがついていて、名刺もテーブルに置かれている。

梛々子「……」


◯(梛々子の回想)

煌夜「ナーナコ!ナナコぉ!」
子犬のようにじゃれてくる煌夜

煌夜「ナナコ、オレとつき合ってくれ」
「がんばってるナナコが好きだ!応援する!」

ファストフード店でバイトしているところ声をかけられた思い出。公園、ショッピングモールのフードコートでデート。楽しかった。

煌夜「オレ、ナナコを幸せにしたい。親や家なんて関係ないかんなっ」
キスをしようと唇が触れる距離

(回想終了)


梛々子(煌夜…)
膝に置いた手をきゅっと握る梛々子。

六花「あなたのお気持ちはお察しします」
「これを受け取って…すべてお忘れください」

スーツの内ポケットから厚みのある茶封筒を取り出す六花。
冷静な表情を崩さず、胸には弁護士バッチがついている。

梛々子「……せん」
六花「?」

スゥーーーーっとめいっぱい息を吸い込む梛々子。涙がこぼれないように上を向く。

梛々子「い・り・ま・せ・ん」
六花「なに?」

すっくと立ち上がる梛々子

梛々子「お金なんていりません!」

座ったまま、梛々子を見上げ、眉根をよせる六花。

六花「いえ…誓約書へのサインと相応の心遣いをお渡しするよう、奥様から言付かっております」
梛々子「そんなのは知りません! 私 もう帰りますっ」

カバンを手にズンズンと部屋を出て行く梛々子。
あとから六花が追いかけてくる。
ホテルの廊下で六花が梛々子の腕を後ろから掴む

六花「待ちなさい!」
梛々子「離してください!お金も要らないし、サインも書きません」
「でも、煌夜にはもう二度と近づきませんから!」
六花「それでは私が困る。きちんと誓約書を…」

六花の手を振り払う梛々子。

梛々子「バカにしないで!」
「私は私の意思で煌夜とつき合って、煌夜と別れるの!」
「お金やあなたに頼まれてじゃない」

六花を睨みつける梛々子。眼鏡の奥の目をみはる六花。

六花「……いい心意気だが」
「こんなところで意地を張っても、なにも特をしない」
「もらえるものは貰っておくのが道理だ」
先ほどまでの冷静な表情とは違い、不敵な笑みを浮かべる立花

梛々子「知るかバーカ!」

あっかんべーをして走り去る梛々子。エレベーターではなく、階段を駆け下り、頬に涙が伝う。



◯場面転換・街を全速力で走る梛々子

梛々子「くっそー!」
(煌夜がいいところのお坊ちゃんってのは知ってたけど…)
「けどっ!」
(あんなに他人まかせの一方的な終わり方ってある⁈)
「自分で言えっつーの!!!」

ポケットに入れていたスマホが鳴る。
息を切らせながら足を止め、スマホを取り出す梛々子。

marico▶︎やほ!ナナコちゃーん! 今日はバイトの日だよー!

梛々子「あ…」

夕暮れ時。ビルの隙間から見える夕陽が痛くも眩しい。

◯(回想)

同じく夕陽に向かって歩いた、かつての煌夜と梛々子。

煌夜「ナナコ、もうすぐバイトだろ?送ってく!」
「ななこー!がんばれー!ファイトォー!」

(回想終わり)


梛々子「……」



◯夜の店(会員制のバー)、キッチンホールで調理補助のバイト。

ホールスタッフ「ナナコちゃん、フルーツ盛り合わせひとつお願い」
梛々子「はーい」

キッチンで作業に励む梛々子。

梛々子(私には悩んだり落ち込んでる暇はない!)
(生活するためには働かないと…学費だっているし)

母親は早くに亡くなり、父は別の女性と再婚。
新しい家庭に馴染めなかった梛々子はアパートに一人暮らし(名義は父親)。
父親は最低限の援助しかしてくれないため、梛々子はバイトざんまい。
朝はドラッグストアの清掃&品出しのバイトをしてから学校へ。
学校が終わったらファストフードでバイト、週に2日はこの会員制バーでバイト。

梛々子(せめて高校くらいは出ておかないと…)
(夜の仕事の方がお金が断然にいいんだよね)←年齢をごまかして働いている

シャンパングラスを洗い上げる梛々子。ふぅっと深い息を吐く。
煌夜の顔が脳裏をよぎる。

梛々子(…最初から住む世界が違ったのよ)
(金持ちの息子で明るくて…苦労知らずの煌夜とは…)


◯(回想)

煌夜「ナナコはいっつも働いてて、愚痴も言わずにえらいなー!」
「オレなんて、親や兄貴に指図されるだけでキレちゃう」

屈託(くったく)のない笑顔の煌夜。

(回想終わり)


梛々子「……」
(愚痴か…言ったってなにも変わらないじゃない)

ぐっと拳を握る梛々子。
不意に店内がきゃぁっと華やぐ。

梛々子「?」

marico「いらっしゃーい六花(りっか)。オーナーとはいえ、こんな時間にめずらしいわね」
六花(オーナー)「近くまで来たんでな」

マダムのmaricoが六花と談笑し、周囲が遠巻きに見ている。

梛々子(え、あれは…)
(もしかして昼間の――⁈)


◯(回想)

六花「誓約書へのサインと相応の心遣いをお渡しするよう奥様から言付かっております」
メガネをくいっとあげる立花。

(回想終わり)


梛々子(煌夜んちが雇った弁護士だっけ…⁈)

marico「ねぇ六花、せっかくだから一杯飲んでってよ」
六花「ああそうだな」

席につこうと足を進めた六花。
厨房から様子見している梛々子に気づくが、梛々子はすぐさま手で顔を隠して奥に引っ込む。冷や汗びっしょり。

梛々子(うそ!やばい!)
(アイツ、私が高校生なの知ってる!年齢盛ってバイトしてるのがバレたらクビになっちゃう…!)

六花「……」


ふたりの間に重たい沈黙が流れる。


marico「ねぇ六花、なに飲む?いつもの水割り?」

なにも知らないマダムmarico。六花に腕を絡める。

梛々子(ヒィー!さっさと帰れーっ)
六花「…そうだな、水割りをもらおうか」
「そこのお前、作れ」

厨房に下がった梛々子に向かって命令する六花。梛々子がビクンと反応する。

六花「黒髪を一つに束ね、細身、目はドンクリ…歳は…」
梛々子「ハイッ!作らせていただきます!」

勢いよくカウンター内に出てきた梛々子。急いで水割りを作る。

六花「安い酒で作るなよ? 俺のボトルは――」
梛々子「村尾ですね!お任せくださいっ」

氷を入れ、テキパキと作る梛々子。六花はじっと観察する。

◯時間経過

カウンターに座り、水割りのグラスをかたむける六花。小鉢にも手を伸ばす。
今日は鶏手羽の甘辛煮込みだ。

六花「!」「うまいな」
梛々子「あ、ありがとうございます」

カウンター越しに会話するふたりにmaricoが入ってくる。
marico「あらどうしたの? あなたがスタッフに声をかけるなんてめずらしい」
六花「いや…前に来た時にはいなかったように思ってな」

ちらりと梛々子に視線を送る六花。冷や汗びっしょりの梛々子。

marico「ナナコちゃんのこと? 彼女いーでしょ?」
「仕事はちゃんとしてるし、料理は上手だしぃ」
「ナナコちゃん! 私、お腹すいたから鯛の出汁茶漬けつくってー」
梛々子「あ…はい!」

キッチンがある奥へと向かう梛々子。梛々子の背を意味深に見つめる六花。

marico「なぁに? あの子が気になるの??」
六花「彼女が料理を?」
marico「そうよー!ナカと一緒に組んでよく働いてくれるの!」
六花「……」

口数少なく、グラスを傾ける六花。


◯時間経過 閉店

梛々子「お疲れさまでした、失礼します」
黒の制服から私服に着替え、裏口から出る梛々子。
路地を抜け、やれやれ、と息を吐き出すと、黒塗りの車と六花(りっか)梛々子(ななこ)を待ち受けている。

梛々子「ヒッ!な、なんで――」
六花「乗ってもらおうか」

車の後部座席のドアを開ける六花。問答無用の雰囲気が漂っている。
梛々子は渋々応じ、車は夜の街を走る。

六花・梛々子「……」
六花「要件は――」
梛々子「内緒にして!ください」

六花に被せ気味に声を張る梛々子。

梛々子「辞めたくないですっ! あのお店の給料が良いのはもちろんですけど、maricoさんがきちんとされてて優しくて…働きやすいんです!」
六花「……」
梛々子「ご迷惑をかけないよう、絶対に年齢は隠し通しますからっ」

六花は深いため息を吐く。

六花「お前に言いたいことはふたつ」
「ひとつ、誓約書にサインをして金を受け取ること、ふたつ、店を辞めること」
梛々子「!」
「でもっ」
六花「未成年を夜の店で働かせていることがバレたら、あの店は営業停止だ。俺だけでなくmaricoにもスタッフにも、全員に迷惑がかかる」
梛々子「…っ! そ、それは――!」
六花「『麻生梛々子17歳、小鳥遊(たかなし)商業高校2年生。母・琳子(りんこ)は早くに亡くなり父親・(みつぐ)は薬剤師・玉木(たまき)(れい)と再婚。まもなく父と義母との間に弟・(たける)が産まれ、家庭に居場所がなくなる』」

梛々子の生い立ちを淡々と話し始める立花

六花「『義母と折り合いがつかず、中学生になってすぐ家を飛び出す。父は大手電機メーカーの役員を務めるほどだが最低限の援助しかしてもらえず、吹けば飛びそうなボロアパートに一人暮らし。学費・生活費を工面すべくバイトに明け暮れる』」
梛々子「!? なんであなた…!」
六花「『桂木(かつらぎ)煌夜(こうや)とはファストフード店のバイトと客として出会った。煌夜の方から告白され交際に至る』」
梛々子「……」
六花「『しかし、相手はあの桂木家。早々に興信所をつけられ、手切れ金と誓約書をかかされるハメに』」
梛々子「あなた…何者? 煌夜んちが雇った弁護士でしょ? で、副業で夜の店のオーナー?」
六花「…どちらも正解。だが、どちらも俺の本当の顔じゃない」

眉根を寄せる梛々子
車が停車する。梛々子の住むアパートの真ん前。

六花「桂木の能ナシ息子の性根(しょうね)を叩きなおすためにも、これはお前が受け取るべきだ」
梛々子「性根…?」

梛々子にすっと顔を寄せ、カバンに例の茶封筒をねじ込む六花。

梛々子「なっなにすんのっ!そんなのいらな…」

文句を封じ込めるように、梛々子にキスをする六花。深めの口づけで、ぐいっと顎を持ち上げられる。

梛々子「っっ!!!」

鮮烈で、濃厚なキス。

しばらくして、唇が離れる。梛々子の吐息が漏れる。
顔を真っ赤にして、言葉が出ない梛々子に対し、

六花「今日の水割りと手羽先はうまかった」
「キスはそれの礼だ」

不敵にほほえむ六花。


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