追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ

57.その歌姫は、覚悟を決める。

 考え過ぎて熱が出たエレナは、ソフィアから処方された薬を飲んだ後寝て寝て寝倒した。
 そして目が覚めた今、熱はすっかり引いているのだが。

「〜〜〜----//////」

 言葉にならない感情で頭がパンクしそうだった。

「〜〜うぅっ」

 頭から薄手の毛布を被り、丸まる。
 が、頭を過ぎるのは先日の夜の出来事で。

「……夢、じゃないよね」

 エレナはそっと唇に指で触れる。
 確かにそこがルヴァルと重なった感触も熱も覚えているのだが。

「覚悟……って、何を!?」

 エレナはぐるぐるとルヴァルに言われた言葉を思い出し、絡まる思考に泣きそうになる。

『足、治ったら覚悟しとけよ』

 確かにそう言われた。
 実母は既になく、友人と呼べる存在すらいないエレナに男女のアレコレに対して教えてくれる相手はおらず、ふわっとした知識しかない。
 それでもエレナとて貴族の結婚の意味や後継者を授かる重要性は理解している。
 だが、ルヴァルからは妻としての役割は求めないと言われていたはずなのに。

「ルルが、私に何を求めているのか本気でわからない」

 ポスっと力なく枕に顔を埋めたエレナは、ポツリと呟く。

「ルル……は、私の事をどう思って……?」

 ルヴァルはかなり面倒見がいい方だとエレナは思う。
 幼少期に迷子になった自分に付き合ってくれたこともだが、バーレーに嫁いでからもずっと自分の事を気にかけてくれた。
 そこにあったのは、同情や打算なのかもしれないけれど。

「……ルル」

 自分の意思で立ち上がり、マリナやエリオットに立ち向かう事ができたのは、紛れもなくルヴァルがいたからだ。

「……好き。大好き、なの」

 ルヴァルの事を思い浮かべるだけで、胸の奥がぎゅっと締め付けられ切なくなる。
 この感情の名前なんて、エレナはとっくに知っていた。
 それでも言葉にすることができなかった。
 バーレーで過ごした日々が幸せで。ルヴァルの隣が穏やかで温かく、関係性が変わる事が怖かったから。
 だが。

「言わなきゃ」

 これから先を望むなら、自分で伝えなくてはとエレナは決意する。
 勘違いだと、困らせてしまうかもしれない。
 ルヴァルが目的を果たした後は、歩む道が別れてしまうかもしれない。
 もし、そんな未来が待っていたとしても。

「もう、私は見ているだけで動かずに後悔したくない」

 魔物を討伐し倒れたルヴァルを見た時、このまま目が覚めなかったらどうしようと怖かった。
 ルヴァルを失う事だけは、絶対に耐えられない。

「私にも、出来る事がきっとあるはずだもの」

 バーレーの在り方やルヴァルが怪我をせずに済む方法について本気で取り組みたいと思うなら彼に意見できるだけの"何か"が必要だ。
 呼吸を落ち着けたエレナは、自分が持っているモノを確認する。
 領地の経営能力。
 これについては幼少期から学んできたし、ジルハルトからも褒められるレベルだ。独学とはいえ身につけた知識は、バーレーでも活かせるだろう。
 人並み外れた聴力。
 耳の良さのおかげでドラゴン達を初めとした魔獣達のちょっとした心の機微が読み取れる。このおかげでドラゴン達が鱗の生え替わり時期に削ぎ落とす穴場だって見つけられた。この能力はきっとこれから先だって役に立つ。

「あとは、やっぱり"歌"かしら」

 魔力を歌に込められなくても、ルヴァルは耳を澄ませて聞いてくれた。
 そんな彼と過ごす静かで穏やかな時間が好きだった。

「ルルのために、歌いたい……な」

 夜間飛行するドラゴンの背の上で。
 あるいは、バーレーに置いて来たルヴァルの祖母の遺品であるピアノを奏でながら。
 ルヴァルのためだけに歌う事ができたなら。
 歌姫として、これ以上幸せな事はないだろう。

「ルルに会いたい」

 こんなにも誰かに焦がれる日が来るとは思わなかった。
 エレナは静かに立ち上がり、足の具合を確かめる。
 酷く捻った割にはソフィアの手当とテーピングのおかげでさして痛くない。これなら問題なく歩けそうだ。
 いつもはルヴァルが部屋に訪ねて来てくれるのを待っていた。
 だけど。

「今度は私から」

 ルヴァルに会いに行こう、とエレナは顔を上げ、静かに部屋を抜け出した。
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