追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ

70.その歌姫は、略奪者と対峙する。

 エレナは移動しながらルヴァルからここがノルディアと近い南部の国境付近であること、狩猟大会の最中リーファが捕獲したエリオットからこの場所を聞き出したことなど今日に至るまでの経緯を聞き、現状を把握する。

「そう、リオは無事なのね」

 間に合ってよかったとエレナは安堵しながらルヴァルの耳に止まっているカフスを見る。

「ああ、全員コレと同じモノをはめているからな。魅了は効かない」

 ノクスがエレナの魔法を解析し、音を音で打ち消し"魔法をなかったことにする"新たな魔法技術を開発した。それは今までこの世界にはなかった魔法式だ。
 それによってリオレートにかけられていた魅了も現在は解けているという。魅了の支配から解かれたリオレートによりもたらされた情報を元に第二王子派を謳う反逆者の拠点を炙り出し、反逆の首謀者である王妃を捉えるための証拠もそれにノルディアが関与している証拠も全て押さえた。
 それと同時にリオレート経由で偽情報もノルディア側に流した。魅了が解けるわけがないと信じている向こうからすればこの状況は青天の霹靂だろう。

「バーレーのみんなも来ているの?」

 エレナの問いにルヴァルは前を見たまま小さく頷く。

「俺が単騎で先に乗り込んだからな。残りの指揮をリオに任せてある」

 現在別部隊がここら一帯を舞台にノルディア側の人間と交戦、制圧中だとルヴァルは短く告げる。

「ルルがこっちに来てよかったの?」

 バーレーの騎士達を思い浮かべる。みんな怪我をしていなければいいけれどとつぶやくエレナに、

「安心しろ、うちの連中は強い」

 とルヴァルは言い切る。

「ここからは時間との勝負。奴らに自国に逃げ込まれる前に確実に捕える。そのためには俺が来る方が早くて確実だろ」

 俺以上の適任者がいるか? と自信満々に言い切るルヴァルの態度にエレナはクスリと笑う。

「……なんだよ」

「んーん、ルルがいつも通りで安心しただけ」

 クスクスと笑うエレナの声を聞きながら、

「……俺が、レナを迎えに来たかったんだよ」

 悪いかと少しバツが悪そうにルヴァルは続ける。その言葉にエレナは自身の顔が熱を帯びるのを感じ、

「そう、言えば! まだ、お礼……言ってなかった」

 しどろもどろになりながら、ありがとうを告げる。
 ああ、という短い返事と少しだけ力が込められた腕の力強さにエレナの胸が高鳴った。
 が、今はそれどころではないと自分を嗜めて気を引きしめる。

「陛下のご容態は?」

「ご健勝だ。魔毒はレナのおかげで完治したからな」

 良かったとエレナは胸を撫で下ろす。
 ジルハルトに力になりたいと言われた時、エレナは自身の能力を売り込んだ。
 魔毒の原因は神獣達の不死の病同様"魔力が澱む"事に起因する。
 身体が耐えられないほど負荷をかけた事で澱んでしまった魔力のせいで、魔力の元となる魔素が正しく魔力に変換できず魔蔵に過剰な魔素が溜まることで自家中毒を引き起こす。
 カナリアの力(歌の魔法)が使えたなら規則正しいリズムで魔力が身体を巡るよう、綻びを調整する事もできただろうが、生憎と魔力回路が焼き切れた状態のエレナではそれができなかった。
 だから代わりにソフィアに相談して不要な魔力と魔蔵にたまる魔素を抜いてもらった。勿論エレナが自身の耳で音を聞き取り、正確に臓器の場所と魔力の淀んだ箇所を指示しながら。

「魔毒を抜く術式をまさかいきなり本人でやるとは思わなかったし、カルマ様が陛下が身罷られたなんて言うから術後のお身体に何かあったのかと心配しちゃった」

「自分が倒れてる間に王妃が好き勝手やってくれたことにまぁまぁお怒りでな。腐った枝はバッサリ切り落とすって言って王妃(ババア)引っかけるのに死んだ事にしたってだけ。相変わらず人騒がせな人だ」

 まぁ、アーサーの父親だしなとルヴァルは言うが国レベルで騙しにかかる無茶を"人騒がせ"の一言で片付けていいのかとエレナは判断に迷う。

「んなわけで、王都の方はアーサーに任せてきた。前線に出るのが俺の仕事だからな」

 ルヴァルは魔物を軽く薙ぎ払い、剣を構える。
 ルヴァルが足を止めた場所はノルディアとマシール王国を分ける最南端の国境付近。2国間を隔てるのは、今いる場所から遥か下に流れる大きな川。

「さて、おしゃべりはここまでだな」

 ルヴァルが纏う空気が一気に冷たく張り詰めたものに変わり、エレナは少しだけ身構える。
 そっと下ろされ視界が開けた事でエレナの目にはカルマと見知らぬ黒装束の男たちが映った。

「随分、好き勝手をしてくれたみたいじゃないか」

「は、お前がそれを言うのか?」

 やる事がセコいんだよと挑発するような口調でルヴァルは嘲り返すと剣を構える。

「わざわざウチの魔女を運んで来てくれるとはご苦労な事だ。返してもらおうか、ソレは私のモノだ」

「レナを物扱いすんじゃねぇよ。あとレナはウチの人間(俺の妻)だ」

 お前のモノじゃないとキッパリ言い切ったルヴァルを無視し、カルマはその後ろにいるエレナに視線を流す。

「国賓に対して口の利き方も知らないとは、躾のなってない犬もいたものだ。弱い犬ほど良く吠えるというが、この人数相手に単騎で挑む気か?」

 カルマの掛け声で黒装束の男達が一斉に魔法を放ちながら襲いかかって来た。だが、ルヴァルはそれらを難なく全て剣で斬り捨て、

「お前は国賓じゃなくタダの盗人。ネタは上がってんだよ」

 番犬らしく国に仇なす人間は噛み砕いて来いって命令でなと好戦的にやり返す。

「さて、一気に片すか」

 そう言ってルヴァルが踏み出すより早く、

「ルル、気をつけて。このヒト達、変」

 ルヴァルの後方に控えていたエレナがそう叫ぶ。

「変?」

「生きてるヒトの音じゃない。それに、カルマ様も……きっと何か隠してる」

 ぎゅっと苦し気に手を胸のあたりに置いたエレナは自分を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。彼らから聞こえる酷く軋むような禍々しい音の波に耳が痛む。
 だが、それより怖いのはカルマから聞こえる音。彼の心音から焦りは全く感じられず、追い詰められているはずなのに、この状況すら楽しんでいるような底知れない恐怖を感じる。

「はは、本当に聞こえるのか! まるでバケモノだな」

 カルマがパチンと指を鳴らすとルヴァルに斬り捨てられたそれらはすぐさま起き上がる。ただし、それはもうヒトの形を成していなかった。

「……魔……物? ……ひやぁ!!」

「レナっ!!」

 気配すら感じ取れないほどの速さで背後から現れた魔物はエレナを羽交い締めにするとルヴァルが手を伸ばすより早く上空を蹴り、次の瞬間にはカルマの側に大きな音を立てて降り立った。

「……どう、して?」
 
 魔物は自らの意思を持たず、また誰かに付き従うモノではない。
 だというのにそれらは紛れもなくカルマの命令に従っている。

「何をそう驚くことがある? お前だって魔獣を従えているだろう」

 確かに神獣の加護のおかげで魔獣はエレナに懐きやすい。だが、それとは明らかに別種の異様な光景。

「ふっ、あははははは……いいなその顔。マリナとはまた違った魅力がある」

 エレナの顎に指を当て無理矢理自分の方を向かせたカルマは、困惑し見つめ返す紫水晶の瞳を覗き込みながら嘲笑う。

「わざわざ"研究記録"を盗み出しておいて中を見てすらないのか?」

 カルマは面白い事を教えてやろうと軽く指を振る。すると空中に魔法陣が浮かび上がった。
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