追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ

7.追いやられた歌姫に向けられた悪意。

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 ベッドいっぱいに広げたドレスの上に横たわり、マリナはクスクスと笑い天井に向けて手を伸ばす。
 その色とりどりのドレスは元を正せば全て、異母姉であるエレナが袖を通すはずのものだった。

「やっと、全部を取り返したわ」

 私が望めば叶わないことなんて何もないのとマリナは歌うようにそうつぶやく。
 目を閉じて思い出すのは、幼い日に見たエレナの母親(先代カナリア)の舞台。真っ白なドレスを纏い天高く響く歌声で、人々を魅了する彼女の姿を忘れた日は一度もない。
 あの時自分の隣で嫉妬と怒りで殺意に満ちた母の顔も、繋がれた手が握り潰されそうな程痛みを感じたことも。
 マリナは一度だって、忘れていない。

『あの人の隣は私のモノなのに』

 事実、その通りだった。
 父とあの女は組まれただけの政略結婚で、愛し合っていたのは父と自分の母。
 その結果生まれた美しい自分。だというのに、あの盗人たちに踏み躙られたせいで押された私生児という烙印と屈辱。
 あの女から全てを奪い取ってやると決めてから10年。長かった、と形のいい唇から満足気な声が漏れる。

「ふふ、いい気味。最後に望みの綱だった婚約者を奪われて、望まない結婚を強いられた気分はどうかしら、お姉様(エレナ)?」

 今頃きっと辺境地で寒さと恐怖に怯えているだろう紫色の瞳を思い、マリナの顔は愉悦に歪む。
 エレナがエリオットから婚約破棄を告げられた時の顔を思い出す。
 近年、ほとんど表情らしい表情を失くしていたエレナの揺れた紫水晶の瞳には確かに絶望の色が浮かんでいた。

「でもね、私とお母様が受けた屈辱は、舐めた辛酸はこんなものじゃないわ」
 
 マリナはドレスをぐしゃっと握りしめる。
 貴族令嬢が未婚のまま身籠り、私生児を産む。それがどれだけ冷遇を受ける事になるか、エレナは知っているだろうか?

「最後の後継者を追い出して、やーっとこの家(サザンドラ子爵家)を潰せる。頭の緩い女のフリをするのも楽じゃないわ」

 ふふっと笑って身体を起こしたマリナは、自分の薬指に嵌められたダイヤの指輪に目を落とす。
 それはエリオットから贈られた婚約者の証し。

「ねぇ、大っ嫌いなお姉様。カナリアの能力(唯一の特技)を失ってまでアナタが守った大事な大事な婚約者とその実家。再起不能になるまでにズタボロにしたら、今度こそ泣き叫んでくれるかしら?」

 彼女の絶望に染まる顔だけが、自分を満たしてくれる。

「魔物なんかの餌になって死なないでね、お姉様? アナタの命を摘むのは私の役目なのだから」

 マリナの復讐はまだ終わらない。

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