王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて

初恋



「あー、奈美先輩、会社クビになったらお惣菜屋さんやりましょうよ! 開業資金は兄貴に出させます」

 事務所へ帰るなり、花梨ちゃんはデスクを片付け始めた。まぁ、解雇を言い渡されても仕方がない事はしてしまったし、無事で済むとも思えない。

「オーナーに報告書を送らなきゃ。そこまでがケジメでしょ?」

「……先輩、怒ってる? 私があんなパニック起こさなきゃ良かった」

 パソコンを開きつつ、答える。

「怒ってない。花梨ちゃんのトラウマが簡単に克服できるものじゃないって分かっているし。また怖い思いをさせて、ごめん」

 私なりに精一杯の笑顔を作った。

 花梨ちゃんは私を慕い、海やプールなどがトリガーになると分かっていながらマーメイドダイバーズへ入社。彼女は彼女で私を守ろうとしてくれているのだ。

 下手くそな私の笑顔をみ、花梨ちゃんは見本のような微笑返しをする。

「報告書を書いたら修司の所へ行こうね」

 今夜、花梨ちゃんは熱を出すだろう。だから先手を打っておく。

「開業資金の話をするとか?」

 わざと茶化す。

「大人しく病院へ行かない場合、どうなるか忘れてないよね?」

 ディスプレイから視線を外さず、キーボードをカタカタ叩く。

「……あは、西園寺さんも引いてたけど、先輩ってプレッシャーの掛け方が凄い」

「それで? 病院に行くの? 行かないの?」

「行く、行く! 行きますって!」

「ならよし」

 言って、作業へ集中しようとする。
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