16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
「深瀬選手、うちの妻とどうも付き合ってるみたいなんだ」

今度は心臓が口から飛び出そうだった。驚きで声が出ないまま目を見開いていた。

「信じられないよね、こんな偶然とこんな因縁」

上村は薄笑いを浮かべながら、運ばれてきたコーヒーを一口啜った。

「でも動かぬ証拠ってやつも手に入れちゃったんだよ」

そう言いながら、テーブルの上に置いていたスマホを手に取り、操作してマヤに向けた。

その写真は、見覚えのあるジャージを着た長身の男の後ろ姿に、誰かの両腕が巻き付いている様子が、引きで撮られていた。
男の大きな背中でさえぎられ相手は見えないが、黒髪セミロングの女性らしき前頭部が男の肩付近から覗いていた。

「これ、誰が撮ったの?」

スマホの画面を凝視しながら震える声で聞いた。トオルのマンションには一度訪れているので、その背景には見覚えがあった。

「僕」

自分の鼻先に人差し指をつけ、ニコッと微笑む目の前の男の心の内が読めない。

「妻の様子が最近おかしいなって思ってて。この日、尾行したんだ」

マヤはざわつく心を抑え、スマホを男に返しながら言った。

「多分、何かの間違いだよ。これだけじゃ、証拠になるわけでもないし。私は信じないよ」

マヤは背筋を伸ばし、毅然とした態度で、そう上村に告げた。

「でも、この後、二人で車で出かけたんだよ」

男は拗ねたような表情で、返されたスマホをマジマジと眺めている。

「マヤちゃんが信じないとしても、現場を目撃した僕としては、このままにはしておけないよ。それに、マヤちゃんだって、妊娠までしてるのに、ね」

この男は全て知っている。マヤの背中に緊張が走った。自分の知らないところで何かよくないことが動き始めている。

「あ、すぐに慰謝料とか、そういう話に持っていきたいわけじゃないんだ。僕たちは同級生でもあるんだし」

全身の筋肉が強張った。
どういった手段を使ったのかはわからないが、この男は自分たちのことを事前に調べ上げ、マヤを脅す目的で近付いたのだ。

「僕の妻の不倫相手が同級生の婚約者だったのは、不幸中の幸いだったと思うよ。マヤちゃんに相談したいのは他でもない、深瀬選手に妻から手を引くように説得してほしい。そもそも、あれだけのイケメンで若くてアスリートとしても一流の彼が、うちのあんな平凡な、しかも40過ぎのオバサン…」

あ、ごめん、と言って、上村は首をすくめて苦笑する。

「とにかく、あんな人がうちの妻を本気で相手にするわけがないんだよ。深瀬選手にとっては数ある遊び相手の一人なんだって…」

ガタン!と言う音が店内に響き、入口近くのテーブル席にいた数人の客と、注文をとっていたウェイターがこちらを見ている。

マヤはテーブルに両手をつき、立ち上がっていた。

「彼がそんなことするわけないでしょ!彼のことも知らないくせに、失礼にも程があるよ。奥さんが勝手に付きまとってるんじゃないの?」

マヤは上村を睨みつけ、周囲も気にせず捲し立てた。
上村は興奮しているマヤをニヤニヤとしながら眺めている。

「そんなに怒らないでよ。僕だって被害者なんだから。とにかく、僕は事を大げさにしたくないし、せっかく華々しくデビューした深瀬選手が、たった二か月で選手生命を絶たれるなんてのは僕も本意ではない。僕たちだけで解決したいんだ」
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