16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった

電話

どうやってアパートまで帰ったかも覚えていないほど、マヤの思考はパニックに陥っていた。
自室のベッドに身を投げ出して、枕に顔を埋めながら、今日上村に会ったこと、いや、そもそもミサの誘いを断らなかったことをひどく後悔していた。

立ち去ろうとしたマヤの背中に投げかけられた上村の言葉が耳に残っている。

「ことが穏便に済むことを願ってるよ」




その日はどうやって夜までの時間を過ごしたのか覚えていない。頭が混乱して何も手につかなかった。
トオルは昨日から愛知に遠征中だった。遠征中は用事がない限りは電話は控えていたが、今はそうもいっていられない。
散々悩んだ末、マヤはトオルに電話をした。
どう切り出せばいいか迷いながらも、結局ストレートにぶつけることにした。

「どうしたの?何かあった?」

長いコール音の後に、恋人のおっとりとした声が耳に届いた。

「トオルさ、誰かと付き合ってる?」

自分たちの関係性には相応しくないセリフ。それを今自分の口から発していることが信じられなかった。

「な、何を言うの、マヤ…」

今トオルはどんな顔をしているのだろうか。
マヤ自身、トオルを疑ってはいない。
だけど、上村に毅然と反論するためには、トオルの口から真相を聞いておかなければならない。

「写真を見せられたの。マンションの前で一緒にいるところ」

マヤはできるだけ、感情を出さず淡々と伝えた。

「マンションの前?・・・あ!」

トオルは何かを思い出したように大きな声を出した。

「もう、ホント、ついてない!ファンの人だよ。ちょっとストーカー気味の。マンションまで来たので、どうしたものか考えていたとこなんだ」

マヤはトオルのデビュー以降、女性ファンが急増したことは知っている。出待ちされてプレゼントを渡されたりしているのもSNSで見聞きしていた。

プロスポーツ選手にはそういったことは付き物だし、必要なことでもある。ファンがあって成り立つ職業なのだから。
とは言うものの、やはり今回のような件も、これからも起こりうることだ。
そういったものにこれからも、向き合っていけるのだろうか、と改めてマヤは不安を感じていた。

マヤが黙っていると、トオルのトーンダウンした声が聞こえた。
< 16 / 29 >

この作品をシェア

pagetop