16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった

ストーカー

トオルはバスケットボール界内外からの注目を浴びながら鮮烈なデビューを飾った後も、安定した活躍を見せ、その人気は急上昇していく。
その稀に見る整ったルックスも手伝い、女性ファッション誌や、なぜかビジネス雑誌からも取材まで来て、チーム一同驚いていたところだ。

チームのファンクラブの会員数も前期から30%増しになり、広報は手放しで喜んでいた。試合後、出待ちをする熱烈なファンも増加し、SNSでも騒がれ始めていた。


ある日、チームのミーティングが終わり、トオルがダッフルバッグを担いで地下の駐車場に降り、車を開錠した時だった。

静まり返った空間で、背後から「あの」と今にも消え入りそうな声が聞こえ、思わずビクッと肩が跳ねた。

「え?」

振り向くと、すぐ後ろに、すまなそうに上目遣いでこちらを見る四十代くらいの女性が立っていた。その顔には見覚えがあった。

「あ、ごめんなさい、驚かせてしまって…」

「どうしたんですか?」

確か先週だったか、ホーム会場での試合の後、あっという間に十人くらいのファンに囲まれた。
サインや握手の対応に追われながら談笑していた時、一人その集団から離れてこちらをジッと見つめる女性が目に入った。
色紙とマジックを手に、自分の方を凝視しているが、その和に入ってこれないようだったので、すべてのサインをし終わった後、その女性に近寄り「サインしますか?」と声をかけてみた。
女性はパッと頬を赤らめて、後ずさりした。余計なことをしたかな?と思いながらも微笑みかけると、「お、お願いします…」と頭を下げながら色紙とマジックを差し出してきたのだった。

あの時の女性だ。マヤと同じくらいの年齢かなと思ったこともあり、記憶に残っている。

「あの、先日はありがとうございました。私、深瀬選手を前にして、話しかけるのが怖くなって。でも、私のことを気遣ってくださって、本当に嬉しかったです。一言お礼が言いたくて…」

恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見ている。

「それはいいんですけど。その…、ここは関係者以外は立ち入り禁止なので、早く出られた方がいいですよ」

あくまでも穏便に促した。

「は、はい。お疲れ様でした」

女性は引き攣った笑顔で頭を下げる。
トオルもペコリと頭を下げ、車に乗り込み発進させた。
その時のほんの小さな違和感が、後にトオルの心の中で大きく膨らむことになる。
バックミラーで確認すると、その女性は見えなくなるまでずっとこちらを見つめていた。
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