【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている

2 小崎くんと恋人試用期間


〈過去回想〉

結莉乃のモノローグから始まる。

 ──平々凡々。可もなく不可もなく。これといった特技も趣味もない。
 ──ひっそり目立たず穏便に、慎ましく生きてきた私の高校生活。
 ──そこに彼の存在が加わったのは、もしかしたら、必然だったのかもしれない。


⚪︎場所:体育館 季節:春(高一)

最初の出会いは一年前。入学してすぐ。
高校一年の結莉乃は、野暮ったい黒髪で、メガネをかけていた。
今よりも地味で目立たなかった結莉乃。
その視界に入ってきたのは、入学初日からすでに目立っていた、赤茶けた髪とピアスが目立つ小崎翠だった。

結莉乃(うわ……なんか、すごくかっこいい人いる……アイドルみたい。背も高いし、太陽みたいな明るい髪……)

結莉乃はすぐに小崎に目を奪われた。
というより、誰もが小崎に注目していた。
それほど目立つ容姿だったし、何より彼は人たらしらしく、周りに人が集まっていた。

男子A「なあ、お前かっけーな! 名前なんていうの!」
小崎「小崎翠。スイって呼んでいーよ」
男子B「背もたけーね。何部だったん?」
小崎「野球。ピッチャーやってた」
男子A「うわー、エースじゃん! モテそー、うらやましー!」

結莉乃(小崎翠くんって、いうんだ……)

漏れ聞こえてくる会話を盗み聞きしていた結莉乃。
だが、特に会話することもなく、クラスの校舎も遠かったために直接会う機会すらなかった。

それでも結莉乃は移動教室や行事の際に、小崎を探して目で追ってしまう。
小崎はいつだって太陽みたいだった。
常に誰かの中心にいて、明るくて、人々の視線を奪う。
→キラキラして見えているような、結莉乃視点の小崎の描写。

結莉乃「いいなあ……」

結莉乃は自分に自信がなく、深く関わり合うような友人もほとんどいない。
なんとなく日々を過ごして、いつも誰かの影になる。
それを不服だと思っていたわけではないが、自分と正反対の小崎翠が眩しく見えた。

いつしか羨望が憧憬に変わり、小崎のことを密かに目で追う日々。
しかし、小崎はとにかくモテた。
自信のない結莉乃は、小崎と接点を持つ勇気すらない。

せめて少しでも彼のように明るくなろうと、野暮ったかった髪を美容室で整え、ほんの少しだけ栗色に染め、メガネを外してコンタクトに変えた。
ただそれだけだが、自分の影が少し濃くなったように思えた。
(結莉乃が小崎の背中を追いかけて変わろうとする描写)

しかし、憧れるだけ憧れて一年が経ち、学年が一つ上がった頃。
唐突に投げ込まれた告白が、結莉乃の思い描いていた『小崎翠』のイメージを木っ端微塵に吹っ飛ばした。


⚪︎場所:昇降口 季節:春(高二)

小崎「川村結莉乃さん! 俺と付き合ってください!!」

生徒でごった返す、放課後の昇降口。
背後から腕を掴まれ、人混みの中で堂々と告白する小崎翠。
突然の出来事に結莉乃が硬直する中、生徒たちの視線はふたりに集まる。

結莉乃「……へ?」

まばたく結莉乃。
小崎は息を荒らげており、さらに続ける。

小崎「はあ、はあ、やっと追いついた……。あれ、さっきの聞こえなかった!? 俺と付き合ってください! 好きです!」
結莉乃「え? す、好……っ!? え!? あ、あの、人違いでは……」
小崎「いやそんなわけない! この俺が川村結莉乃という尊き人物に搭載されたフローラルかつビューティーな細胞の香りを嗅ぎ違えるはずなどない! あなたが好きです!!」
結莉乃「細胞の香り!? 何!?」

意味のわからない主張を大真面目にする小崎に対し、混乱する結莉乃。

結莉乃(え、えっ? ちょっと待って、この人、小崎くんだよね? あれ? 何これ? 夢? 幻覚? 私の妄想?)
(ていうか、小崎くんが私に告白っ!? いやいや、絶対嘘! 何かの間違いでしょ! 次から次へと一体何なの!?)

結莉乃は困惑。周囲もざわざわとどよめいている。
生徒の注目を浴びる中、何らかの裏があると踏んだ結莉乃は小崎を睨みつけた。

結莉乃「こ、これは、一体何の罰ゲームですか……? どこかに隠しカメラがあるんでしょ、さては私の反応を見てSNSに晒すつもりですね!? 騙されないんだから……!」
小崎「いやいや罰ゲームとかじゃないよ。カメラもないし、ライブ配信とかでもないから」
結莉乃「な、なるほど、じゃあ賭けですか? 私の反応次第で生徒同士の殺し合いが始まって裏で莫大なお金が手に入るんですか!?」
小崎「何それ、どこ主催のデスゲーム? 大丈夫だよ、賭けでもないって」

盛大に混乱している結莉乃。
小崎は真剣な顔でさらに続ける。

小崎「嘘でも揶揄(やゆ)でもないから信じてよ。俺はただ、川村さんと結婚を前提に末永くお付き合いして幸せな将来を誓い合った上で挙式して子宝に恵まれて一生一緒に今世を添い遂げて死後と来世でも共に生きてもらいたいって言ってるだけで」
結莉乃(何言ってんの?)
小崎「髪の毛先から足の爪先に至るすべての細胞・血管・臓器・その他もろもろ全部好きだし、川村さんの吐息・寝息・足音で俺の五感を満たしてほしいっていう、ただそれだけなんですよ」
結莉乃(本当に何言ってんの?)

真顔で言い切る小崎に結莉乃ドン引き。
周囲の視線にも耐えきれず、意味がわからなすぎて逃げようとするが、小崎は結莉乃の手を掴んで阻止する。

小崎「あーーっちょっと待って、逃げないで! お願いします! 無理に付き合ってとは言いません!! せめて交際してください!!」
結莉乃「どっちも同じ意味でしょそれ! や、やだよ! 無理です!」
小崎「そこをどうにか!! 付き合ってくれたら購買のパン奢ります! 今ならセットでお得! お願いします!」
結莉乃「絶対ふざけてるじゃん付き合うわけあるかぁぁ!!」

小崎の手を振り切った結莉乃。
そのままダッシュで逃げていくのであった。


⚪︎場所:学校の外

結莉乃は全力で走って路地裏に逃げ込んだ。
ドキドキと胸を打ち鳴らす中、くらくらと頭が混乱する。

結莉乃(あ、あれって、本当に小崎くん? え? あんな変な人だったの? そ、そんな、嘘でしょ……?)

それまで彼に抱いていた羨望や憧憬が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
憧れの人に告白されたはずなのに失恋したかのような喪失感を抱えてしまう。

結莉乃(わ、忘れよう……今のはきっと、悪い夢だったんだ……)

己に言い聞かせ、フラフラと帰路に着く。
しかし、小崎翠という男は、そこで諦めてくれる男ではなく……。


⚪︎翌日、教室前にて。
→漫画雑誌ぐらい分厚い手紙の束を持ってきた小崎。

小崎「川村さん、ラブレター書いてきました! どうぞご査収ください!」
結莉乃「ひいっ! い、いりません!」

⚪︎さらに翌日、音楽室にて。
→フォークギターを持って待ち構える小崎。

小崎「君に捧げるラブソングを歌います。聞いてください、『アイラブ・ユーラブ・カワムラブ・フォーエバー』」
結莉乃「……」ピシャッ(無言でドア閉める)

⚪︎そのまた翌日、昇降口にて。
→雨が降っている中で雑な変装して待ち伏せる小崎。

小崎「ヘイヘイヘーイ! ちょっとそこのお嬢さん、キャワイイねえ! 俺と相合傘しなーい?」
結莉乃「あの、傘持ってるんで、結構です……」

→その翌日…。
→そのまた翌日…。
→またまた翌日…。
(笑顔で川村さんに付きまとう小崎くんと、どんどんゴミを見るような目になっていく川村さんの数カット)


⚪︎二週間後、帰宅路にて

小崎「川村さ──」
結莉乃「しつこぉいッッッ!!」

べちぃっ!
→小崎の顔面にノートを叩きつける結莉乃。
→毎日しつこく告白され続け、さすがに敬語も取れてしまった。

結莉乃「ほんっっとにしつこい! 毎日毎日何なのよ、もお!」

怒る結莉乃だが、小崎は笑顔でくじけない。

小崎「川村さん、今日も可愛い。大好き」

笑顔でさらりと言ってのける彼に、うっかり結莉乃の頬が赤く染まる。
→面と向かってまっすぐに言われると弱い結莉乃。

結莉乃(く、くっそぉ……! 顔がいい……!)

ぷいっと顔を背ける。
だが、小崎は余裕のある表情ですぐに理想をぶち折ってくる。

小崎「はあ、川村さんほんと可愛い……。まぶたの裏に川村さんの顔を刻みつけておいて瞬きしてる間でも顔が見れる仕様にアプデしようかな」
結莉乃(もうほんとヤダこいつ)

彼の発言にすっかり頬の熱も冷め、結莉乃はスンッと真顔に戻ってしまう。
→二週間ほどこの調子だったためさすがに慣れたもの。

結莉乃はため息を吐き出し、通りがかった河川敷のベンチに腰かける。


⚪︎場所:河川敷のベンチ(夕暮れ)

結莉乃「ねえ小崎くん、この悪ふざけ、いつになったらやめるの。もうじゅうぶん私のことからかったでしょ」

結莉乃の発言に小崎は薄く笑い、続いて隣に腰かけた。

小崎「へえー。川村さんって、俺の告白のこと、ずっと悪ふざけだと思ってたんだ?」
結莉乃「いや、だってどう考えてもふざけてるでしょ……」
小崎「そっかー。じゃあさ、俺が真剣に告白したとしたら、オーケーしてくれんの?」
結莉乃「……しない」

結莉乃は少し迷ったが、はっきりと首を横に振った。
→自分では小崎に釣り合わないと強く考えている。

結莉乃「……あのね、小崎くんも分かるでしょ? 私、地味だし、人付き合い得意じゃないし、影も薄いタイプだし……私なんかじゃ、小崎くんの恋人には相応しくないよ」
小崎「……」
結莉乃「……ただでさえ、色んな人に小崎くんのことでからかわれてるんだから……。もし付き合ったりなんかしたら、小崎くんまで笑われちゃう。だからだめだよ」

結莉乃は俯き、地面に長く伸びたふたりの影を見つめる。
→小崎は黙ったまま何も言わない。

結莉乃「……ねえ、どうやったら、私に悪ふざけするのやめてくれる?」

結莉乃は俯いたまま問いかける。
すると、隣の小崎は答えた。

小崎「川村さんが俺のことフッたら、ちゃんと諦めるよ」
結莉乃「……あの、私、最初から最後まであなたのことフッてたと思うんですけど……」
小崎「いや、フッてないね」

即答する小崎に、驚いた顔の結莉乃。
小崎は続ける。

小崎「だって、川村さん、俺の告白は全部〝悪ふざけ〟だと思ってたんでしょ? そもそも本気の告白だとすら思われてないんじゃ、フる以前の問題じゃん」

屁理屈を述べたあと、地面に伸びていた小崎の影が結莉乃に寄りかかる。
→こつんと肩に頭を預けられる。

結莉乃「っ!?」

どきりとして硬直する結莉乃。
→しかし、拒絶したりはしない。
→小崎はフッと笑う。

小崎「俺、本気なんだけどなー。なんで伝わらないのかなー」
結莉乃「……そ、そんな、わけ……」
小崎「信じられない?」
結莉乃「だ、だって、あなた、小崎くんだよ……? 学年で一番目立つ人で、モテる人なのに……そんな人が、パッとしない私なんかと付き合っても、メリットなんて何もないし──」
小崎「じゃあさ、それ試してみようよ」

周囲が少しずつ薄暗くなる。
眉をひそめると、小崎と目が合う。

結莉乃「試す?」
小崎「そう。期間限定で、俺と付き合ってみない?」
結莉乃「……え? どういうこと?」
小崎「お試し(・・・)で恋人になってみようってこと。お試し期間中、川村さんは、俺が『ただの悪ふざけをしてたのか』を確かめる。俺は、川村さんと付き合うことに『メリットがないのか』を確かめる。いい実験だと思わない?」
「お試しでしばらく付き合ってみて、それでもやっぱり俺のこと恋愛対象として見れなかったら、その時は遠慮なくフッてよ。そしたら俺、諦めるから」

小崎の提案に、結莉乃は目を見開く。
→常識的に考えて不誠実な付き合い方な気がする。
→しかし、これで付きまとわれなくなるのなら……などと迷い、小崎を見つめた。

結莉乃「……お試し期間が終わったら、もう二度と、私に近づかないってこと?」
小崎「うん、いいよ」
「その代わり、このお試しが始まったら、お試し期間の半年間は、何があっても俺と別れられない。それだけは約束してね」

しばし続く沈黙。

結莉乃(お試しで付き合うなんて、そんなのいいの? 都合よく扱われて終わりじゃない?)
(でも、半年間だけ我慢して、私が最終的に告白を断れば、もうしつこくからかわれることもなくなる……)

色々考え、やがて結莉乃が頷く。

結莉乃「……分かった。いいよ」
小崎「まあやっぱダメだよね──って、は? マジ? いいの?」
結莉乃「お、お試しなんでしょ? あくまで試用期間ってことだよね? 変なことしないよね? そ、その……キスとか、そういうのは、無しだからね?」
小崎「えー、ケチ」
結莉乃「何がケチよ、当たり前でしょ! それが守れないんだったら、お試しだとしても恋人になんかならないから!」
小崎「うそうそ、ごめんって! 仰せのままに! ……口にチューするのは我慢する」

→ほっぺチューならセーフだな、とか密かに考えつつ、小崎は結莉乃の手を握る。
びくっとする結莉乃。
それでも構わず手に指を絡められる。

小崎「あ、これぐらいは我慢してね? 俺、半年間全力で川村さんを愛すつもりだから」
結莉乃「……っ」

甘い言葉に結莉乃は戸惑い、顔を赤くして無言。
その様子に小崎は微笑む。

小崎「やっぱ可愛い。俺の恋人」
結莉乃「……恋人じゃない。お試しです」
小崎「固いこと言うなよ」
結莉乃「あんまりベタベタしないで……」
小崎「えー、ケチ」

──こうして私は、彼の、期間限定のお試し恋人となった。

〈回想終了〉


──あれから一ヶ月。

⚪︎場所:結莉乃の自宅の部屋。

赤く染まっている結莉乃の耳に唇を寄せる小崎。
(手を絡めたり、吐息の描写でなんか甘そうな空気の描写)

小崎「川村さん……」
結莉乃「……っ、ねえ、小崎くん……」
小崎「ん?」

甘そうな空気だったが、結莉乃がすぐさまそれを打ち破る。

結莉乃「あっっつい!! 離れろッッッ!!」
小崎「いで!!」

結莉乃、ブチ切れて小崎に頭突きする。
ふたりは結莉乃の部屋でテスト勉強中だった。
しかし小崎はサボってばかりで、結莉乃を背後から抱きしめながら一切勉強していない。

結莉乃「勉強教えてくれるって言うから部屋に上げたのに! 全然教えてくれないじゃん! 嘘つき!」
小崎「はあ〜、そうやって軽率に男を部屋に連れ込んじゃうところ、割とガチで心配だけど可愛いから許す〜」
結莉乃「許す〜、じゃない! 暑いし重いってば! もうすぐテストあるんだからね、成績落ちても知らないよ!」
小崎「怒っててもかわい〜」

お説教の末、ようやく机に向かう小崎。
結莉乃はまだ顔を赤らめて怒っている。

結莉乃(ああもう、私のばか、何であの時に小崎くんの無茶振りをオーケーしちゃったかなあ! こんなの心臓が耐えきれないよ!)

お試し恋人になったことを後悔気味。
頬杖をつく小崎の横顔をちらりと盗み見るが、小崎の長い前髪が彼の片目にかかっていて、あまりよく見えない。
→前髪切らないのかな? と首を傾げる。

結莉乃「……入学式の時から思ってたけど、小崎くんって、前髪ずっと長いよね。右の目、いつも前髪で隠してるでしょ? 邪魔じゃないの?」
小崎「え、そんな昔から俺のこと見ててくれたの、川村さん」
結莉乃「え!! い、いや、その……ほら、あなた、入学した時から目立ってたし……」

日頃から目で追っていたとは言い出せず、しどろもどろにごまかす結莉乃。
小崎は嬉しそうにニコニコし、右目を隠している前髪をいじった。

小崎「んー、別に前髪切っちゃってもいいんだけどさあ。俺、目の上に傷痕あるんだよね」
結莉乃「え……そうなの?」
小崎「うん。ガキの頃、ちょっと怪我して何針か縫ったの」
「その傷がわりと目立つからさあ、何かと誤解されるっていうか……喧嘩して付けた傷だとか、変な噂立ったりして」
「だからめんどくさくて、前髪で隠してんだよね。ほら」

説明しながら、小崎は目の上の傷を見せる。
[★この辺りは後々の展開の伏線]

確かにそこには傷があったが、結莉乃はその傷痕よりも、小崎のヘーゼル色の瞳が綺麗で思わず見入ってしまった。
じっと見つめ合うような形になり、小崎が首を傾げる。

小崎「……川村さん?」
結莉乃「はっ!」「そ、そうだね! 傷ある! わぁ!」

よくわからない反応をしてしまい、結莉乃は焦るが、小崎はフッと笑う。
結莉乃は恥ずかしく思いながら小崎を見た。

結莉乃「……な、なに?」
小崎「んー?」
「いや別に。俺いますごい幸せだなと思って」

穏やかな表情で告げる小崎。
その言葉の真意はわからないまま、時間はすぎていくのだった。


第2話/終わり
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