【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている

21 小崎くんが追いかけた光



〈回想①〉

⚪︎場所:病室

十年前。小崎翠、七歳。
入院してベッドの上にいる小崎に、父親が告げる。

父「ごめんな、翠。ママ、もう、遠いところに引っ越しちゃったんだって」
「……だから、会いに来れないって」

申し訳なさそうに告げる父親。
絶望した表情で目を見開く幼い小崎。
→目の上にガーゼと包帯が巻かれ、片足は骨折、いろんなところに怪我している。

小崎「……でも、俺、いま、けがしてるよ」
父「そうだな……」
小崎「ママ、心配してないの、俺のこと」
父「いや、心配してるさ、きっと」
小崎「じゃあ、どうして会いにきてくれないの……俺、痛いのに……他のみんなは、けがして泣いたら、ママが抱きしめにきてくれるのに……」

涙声で父親に訴える。
→しかし父は何も答えない。

小崎はもう母は帰ってきてくれないのだとなんとなく理解し、松葉杖を持ってベッドから降りる。

小崎「う、痛……!」
父「こら、やめろ、どこ行くんだ!」
小崎「うるさい! パパなんか嫌いだ! ずっと家に帰ってこなかったくせに! 追いかけてくんな!」

止めようとする父を拒絶し、病室を出る小崎。
父は何も言い返せなかった。


⚪︎場所:病院の廊下

小崎は泣きながらひとりで病室を歩く。(松葉杖なので不慣れでフラフラ)

小崎(ママ……)

どこにいるとも知れない母を追いかけようとする。
しかし、途中でバランスを崩して転んでしまう。

小崎「痛っ」

無力に倒れる。
涙がじわりと滲む。

小崎「……う……」
少女「ねえ、大丈夫?」
小崎「……!」

その時、呼びかけられて顔を上げると、窓から差し込む光を背にした少女(結莉乃)が眩しく視界に映り込む。
小崎は思わず目を細めた。

結莉乃「足、けがしてるの? ほら、掴まって」
「大丈夫だよ、ゆっくりでいいから」

幼き日の結莉乃に補助されながら立ち上がり、小崎は松葉杖を受け取る。
→恥ずかしそうに目を逸らしつつ、涙を拭う。

小崎「……ありがとう……」
結莉乃「ねえねえ、歩くの一人じゃ大変でしょ? 私がママのとこに連れていってあげるよ! どこにいるの?」
小崎「……」

せっかく涙を拭ったが、母の話をされてまた目が潤む。
小崎は力なく首を横に振る。

小崎「……いない……」
結莉乃「え?」
小崎「ママ……いなくなっちゃった……。俺、痛かったのに……たくさんけがしたのに……俺のとこ、来てくれなかった……」
「もう、ずっと、会えないんだ……」

小崎は涙を落とし、静かに泣きじゃくる。
結莉乃はしばらく黙っていたが、やがて小崎に強く手を重ねた。

結莉乃「そんなのだめじゃん! はやく足を治して追いかけないと!」
小崎「……え……?」
結莉乃「ママが君のとこに来てくれなかったんでしょ? だったら、こっちから追いかけなきゃだめじゃん!」
「歩く練習しようよ! はやく足を治して、ママに会いにいこう!」
「ずっと追いかけたら、絶対いつか追いつくよ!」

結莉乃は大真面目に提案する。
小崎はきょとんと目を丸めた。
→勢いに押され、しばらくしてこくんと頷く。

小崎「……う、うん……」
結莉乃「私、応援する! 絶対ママに追いついてね!」
小崎「で、でも、もう、俺のこと嫌いかも……」
結莉乃「その時は、たくさん大好きって言えば大丈夫!」
「ずっと大好きって言い続けたら、どうしても気になっちゃうでしょ? きっとママも、君のこと気にしてくれるよ!」

結莉乃は満面の笑み。
その表情がキラキラと輝いて見えて、小崎は思わず目を奪われる。

小崎(あ、光だ)
(太陽みたいで、キラキラして、眩しい)

→ドキドキしながら俯くと、結莉乃は笑顔で自己紹介。

結莉乃「私ね、結莉乃っていうの! 弟が喘息で入院しててね、いつもここにお見舞いにくるんだ。弟のために鶴をたくさん折ってね、病気が治るようにお願いするんだよ!」
小崎「……そ、そう、なんだ……」
母「結莉乃〜!」
結莉乃「あっ! ママ!」

結莉乃は母親に呼ばれ、小崎にばいばいして去っていく。

結莉乃「またね! 足が治ったら、絶対諦めずに、大好きな人を追いかけてね!」

結莉乃は手を振り、作りかけの折り鶴も手に取って持っていく。
→しかし、ひとつだけ落とす。

小崎「あ……」

小崎はたどたどしく松葉杖をつき、落とした折り鶴を拾う。
→返すために声をかけようとするが、結莉乃と結莉乃の母が陽介を囲んで笑い合っていて、小崎は息を呑んで立ち尽くす。

母「よかったね〜、結莉乃。陽介、もう少しで退院できるって」
結莉乃「ほんとっ!? よかった! 鶴たくさん折ったおかげかなあ!」
陽介「うん、ねーちゃんありがとう」
結莉乃「えへへ、今日もたくさん折ったよ!」
母「ふふ、あとで糸で繋げようね〜」

仲睦まじい家族の会話が聞こえてくる。
小崎はその姿を眺めて眩しそうな顔をし、また泣きそうになりながら、手元の下手くそな折り鶴を見つめた。
→そこへ小崎の父がやってくる。

父「……翠」
小崎「!」
父「ごめんな、翠。俺、お前に、ずっと寂しい思いをさせてたよな。ずっと分かってたのに、俺は仕事ばっかりで、何もしてやれなかったよな……」
小崎「……」
父「ママと離ればなれにさせて、本当にごめん……。でも、これからは、パパがずっと翠のそばにいるから。もう寂しい思いはさせないから。約束するよ」

父の言葉に、小崎は黙る。
やがて再び川村一家を見つめ、そっと指さした。

小崎「……ねえ、パパ」
父「ん?」
小崎「俺もいつか、あの子みたいになれる?」

小崎が指さしていたのは陽介。
母と結莉乃に手を引かれ、折り鶴を持って、幸せそうに笑っている。
それは小崎の思い描いた理想の家族像で、憧れだった。
→父親は驚いた表情で言葉を呑む。

小崎「……俺、あの子みたいに、なりたかったんだ」

家族に愛されている陽介を見つめて、小さく告げる小崎。
父は一瞬泣きそうな顔になり、柔く微笑みかける。

父「……なれるよ。パパが、必ずしてみせる」
小崎「本当……?」
父「うん。絶対になれる。パパに任せろ」
小崎「……うん」
「あと、あのさ」

もじもじする小崎。
気恥ずかしそうに頬を染め、小さな声で問いかける。

小崎「さ、さっき、あの女の子と話してから……あの子がキラキラして見えて、なんか、胸がドキドキするんだけど……」
父「!」
小崎「これ、何? 俺、変な病気なのかな……?」
父「……お、お前、もしかして、あの子のこと好きになっちゃったのか?」
小崎「好き?」
父「そう、恋っていうんだよ。おとぎ話とかで聞いたことあるだろ?」
小崎「恋……」

小崎はきょとんとしている。
→ピンときていない表情。

小崎「じゃあ、俺、あの子に恋してるの? なら、あの子に大好きって今いっぱい伝えてくればいい?」
父「えっ!? う、うーん、そうだなあ。まだ会ったばかりだから、翠が早く怪我を治して、あの子ともっと仲良くなれたら、伝えていいかもしれないな」
小崎「ほんと!? 俺がたくさん仲良くなって、大好きって伝えたら、あの子、俺のこと好きになってくれる?」
父「うん、そうだね、きっと」

父は笑顔で無垢な小崎を撫でる。
小崎は目を輝かせ、宣言。

小崎「じゃあ、俺、ちゃんと足治す。もう、わざと怪我したりなんか絶対しない」
父「うん、それはえらい」
小崎「足が治ったら、俺、走ってあの子を追いかける! それで、たくさん大好きって伝えるんだ!」
父「そうだな、いいぞ! 必ず追いかけような!」

息子の宣言に、父は笑顔。
→結莉乃が落とした下手くそな折り鶴を開くと、中には結莉乃の書いた(陽介宛ての)メッセージが。

『はやくなおりますように。
1ねん2くみ、かわむらゆりの』

小崎「……かわむら、ゆりの」

どこに住んでいるのかもわからないが、結莉乃の名前だけは頭に刻み込んだ小崎。
次会えたらこの折り鶴を返そうと決める。

→しかし、その後すぐに陽介が退院。
結莉乃は病院に来なくなってしまう。

小崎は結莉乃に返し損ねた折り鶴を持ったまま、毎日リハビリを続けていた。
やがて足は治ったが、退院したあとも、結莉乃の居場所はわからなかった。

→いつか自分が目立つ人になれば、向こうから見つけてもらえるかもしれないと思いつく。

小崎(そうだ、あの子がどこにいるのかわからないなら、向こうから見つけてもらえばいいんだ)
(俺がすごくキラキラした人になれば、きっと噂になって、見つけてもらえる)

そう考え、それまで大人しく目立たない子どもだった小崎は、派手で明るい人気者になるべく努力を始めた。


⚪︎小学1年時

小崎(勉強でいちばんになれば、目立って気づいてもらえるかも!)

→めちゃくちゃ猛勉強。
→学年一位になる。


⚪︎小学4年時

小崎(いやこれだけじゃダメだ。そうだ、部活でいちばん目立てばいいんだ!)

→テレビでもよく放送される野球部に入る。
→いちばん目立つピッチャーになる。
→テレビに出るため、中学まで野球一筋。
→モテ始める。


⚪︎中学時代

小崎(待った、単純に陽キャになれば、めっちゃモテまくって話題になるし目立つんじゃね?)

→牛乳飲んで背を伸ばそうとする。
→雑誌とかでオシャレを研究。
→髪染めたりピアス開けて先生に怒られる。
→派手なグループと付き合うように。


こうして、勉強をがんばり、オシャレを研究し、部活をやり抜き、背を伸ばすために牛乳を飲みまくり……。
いつか結莉乃に自分を見つけてもらうためだけに、小崎は奮闘した──。


⚪︎高校入学~
⚪︎場所:校内

時が経ち、小崎はすでに誰もが認める『目立つ人』になっていた。
勉強も一番、スポーツも一番、容姿も一番。
とにかく目立とうと努力していた。

そうして高校に入学し、ようやく、小崎は結莉乃を見つけ出した。

→当時の結莉乃は、野暮ったい黒髪に、丸いメガネ。
一瞬すれ違っただけで、小崎はキラキラ光る何かに目を奪われ、『川村』と書かれた名札を確認する。

小崎「っ──!」
双葉「翠? どーした?」

咄嗟に声をかけようとするが、結莉乃は小崎たちの視線に気づくと、逃げるように早足で去ってしまう。
小崎は密かにショックを受け、自分のことを覚えていないのかもしれないと気づいた。

小崎(……いや、でも、そりゃそうだ。覚えてるわけないか。たった一度、病院で話しただけだし)
(やばい、せっかく会えたのに……話しかけていいのか、これ? もし怖がられたり、キモがられたらどうしよ……)

せっかく会えたというのに、ここぞという時になって、持ち前の自信のなさが蘇ってしまう。

──もし、結莉乃が自分を拒絶したら。
──もし、すでに他の恋人がいたら。
──そもそも、子どもの頃に抱いただけの自分の感情は、本当に『恋』なのか?

小崎(もし、これが恋じゃなかったら……俺は、今まで何のために頑張ったんだ……)

自分に自信が持てないまま、しばらく様子を見ることに。


⚪︎場面転換:廊下(二年・四月)

そのまま一年が経ち、二年に進級した時。
ひっそり結莉乃を見守る癖がついていた小崎(ややストーカー気味)は、結莉乃が廊下の階段下で男子に告白されているところを偶然見てしまう。
→しかし、結莉乃は断る。

結莉乃「ごめんなさい、私、憧れている人がいるので……彼氏とかは、ちょっと」
男子「え、好きな人いるってこと? 誰?」
結莉乃「え、ええと……好きとかじゃなくて、憧れてるだけなんだけど……」
「七組の小崎くん、すごくキラキラしてて、憧れてて……」

それを聞いていた小崎は驚愕。
→頬がふつふつと赤く染まっていく。

小崎(えっ、川村さん、俺のこと知ってる……!? しかも、憧れてるって……!)

脈アリじゃん!!と密かに歓喜する小崎。
しかし、告白していた男子がその発言を鼻で笑う。

男子「小崎? いやいや、それはさすがに夢見すぎだって! 自分とのレベル差考えなよ!」
結莉乃「!」
男子「川村さんさあ、最近少し髪染めたりして可愛くなったけど、小崎は無理あるだろ。釣り合わないって分かるっしょ? 身のほどはわきまえた方がいいって」

聞き耳を立てていた小崎は顔を顰める。
→結莉乃は呆然としていたが、やがて俯いて頬を赤らめ、その場から走り去る。

男子「あっ、おい!」

男子生徒は結莉乃を追おうとする。
しかし、先にその肩を小崎が捕まえた。

男子「っ!」
小崎「……お前さ、勝手なこと言ってんなよ」

睨みをきかせて牽制。
→怯んだ男子を突き飛ばし、小崎は結莉乃を追いかける。
→見失ってしまう。

小崎(やべ、どっち行った!?)

キョロキョロと辺りを見回し、小崎は走る。
その間、幼い頃の結莉乃から最後にかけられた言葉を思い出す。

〈回想②〉

結莉乃『またね! 足が治ったら、絶対諦めずに、大好きな人を追いかけてね!』

〈回想②終わり〉

思い出の中の結莉乃が笑う。
大好きな人=結莉乃。
小崎はぐっと奥歯を噛み締める。

小崎(追いかけてきたよ、ずっと)
(追いかけてるよ、今も)

幼い頃の淡い思い出が光り輝く中、小崎は昇降口まで走る。
ようやく結莉乃に追いつき、その手を掴む。
→恋い焦がれた眩しい人が振り向く。

小崎「──川村結莉乃さん! 俺と付き合ってください!!」

→第二話の告白シーンへ戻る。

〈回想①おわり〉


⚪︎場所:小崎の部屋

過去を振り返り、下手くそな折り鶴を握りしめる小崎。

小崎「……俺、ずっと、川村さんを追いかけてた」
「母親がいなくなって暗がりにいた俺にとって、唯一輝いて見えたものが、君だったから」

小崎は呟き、結莉乃に頬を寄せる。

小崎「俺、ほんとは陽キャなんかじゃない。どちらかと言うと暗くて、自分に自信がなくて、日陰にいるタイプの方」
結莉乃「……」
小崎「でも、川村さんに釣り合う男になりたくて……必死に自分を変えたんだ。少しでも君の目に眩しく映るように」
「……笑えるでしょ。たった一度だけ病院で会った女の子をずっと追いかけてさ」
「だけど、本当に、君が好きだったんだ……」

か細く告げる小崎の話を聞きながら、結莉乃はじとりと目を細める。
→そのまま小崎の鼻をつまむ。

小崎「!?」
結莉乃「……好き〝だった〟って。過去形なんだ。ふーん」
小崎「え、い、いや……だって、俺ら、もう別れたし……」
結莉乃「別れてないよ」

結莉乃は不服げにふくれっ面。

結莉乃「小崎くんが最初に言ったんでしょ。『お試し期間の半年間は、何があっても(・・・・・・)別れられない』って」
小崎「……!」
結莉乃「それに私、『はい別れます』なんて一度も了承してない。勝手に別れたことにしないで。試用期間は、まだあと一ヶ月も残ってるのよ」

堂々と告げる結莉乃。
小崎はたじろぐ。

小崎「で、でも、俺らがまた付き合ったら、川村さんが周りにどんな目で見られるか……」
結莉乃「そんなの言わせておけばいいでしょ。〝人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて鹿になれ〟って言うし」
小崎「なんかそれ違くない?」
結莉乃「まあ細かいことはともかく、勝手にお試し終了なんて言わせないからね」
「もうしばらくお試しで付き合ってみて、それでもやっぱり私と別れようと思ったら、その時は遠慮なくフッてよ。そしたら私、諦めるから」

以前の告白の時(※第2話)とは立場が逆になり、小崎は驚いた表情。
→やがて何かが吹っ切れたのか、フッと微笑む。

小崎「敵わないなあ、やっぱ……」

肩の力を抜くと、結莉乃も笑顔に。
小崎は結莉乃に顔を近づける。

小崎「……ねえ、今キスしちゃだめ?」
結莉乃「だめ。風邪治してからにして」
小崎「ふーん、風邪治ったらキスしていいんだ」
結莉乃「……だめ。試用期間が終わってから」
小崎「えー、けち」

くすくすと笑い合う間、ずっと二人は手を繋いでいる。
追いかけてきた光は、今こうして自分の手のひらの中にあるのだと、小崎はしみじみ噛み締めるのだった。


第21話/終わり
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