【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている
4 小崎くんへのお弁当
⚪︎場所:自宅・キッチン
早起きしてキッチンに立つ結莉乃。
母に問いかける。
結莉乃「ねえ、お母さん、お弁当箱もうひとつない? ちょっと大きめの、陽介用のヤツとか……」
〈※陽介=弟。中3。受験生〉
母「ええ? あるけど……どうしたの急に」
結莉乃「いやあ、別に、その……」
母「ふむ、男用のお弁当箱……突然の料理宣言……。まさか──翠くん用のラブラブ愛妻弁当!? きゃあ〜〜!!」
結莉乃「ちちち違うし!! ラブラブ愛妻弁当って何!!」
母、嬉しそうにキャッキャする。恋バナ大好き。
→小崎は結莉乃の家にくることもあるので、母は小崎のことを知っており、彼氏だと思っている。
母「んも〜、うちの子ったら、ほんと隅に置けないわ〜。いつのまにかあんなカッコよくて礼儀正しい彼氏作るんだもの〜。お母さんびっくりしちゃった」
結莉乃「ほ、放っといてよ、どうせすぐ別れるし……」
母「何言ってんの、あんなイケメン逃がすなんてもったいない! それともなあに、実はヒドいことされてるの?」
結莉乃「いやいや、ヒドいこととかないよ! むしろ、その……私のこと好きすぎるっていうか……」
母「あらあらあら〜〜〜っ!」
結莉乃「もう! いいから! 台所使うよ!」
母のテンションがみるみる上がる。
結莉乃は顔を真っ赤にしつつ料理開始。
結莉乃(いや違うから、これはあくまで小崎くんの食生活が心配で、仕方なく作ってあげてるだけだし!)
自分に言い聞かせていると、二階から弟・陽介がやってくる。
母「あ、おはよー陽介! ねえねえ聞いて、お姉ちゃんったら彼氏に愛妻弁当作るんだって!」
陽介「え?」
結莉乃「ちょ、ちょっとお母さん!」
焦る結莉乃。
陽介は訝しげに姉を見る。
陽介「姉ちゃん、彼氏できたの?」
結莉乃「え!? ええと……ま、まあ……」
母「す〜っごいカッコいい彼氏なのよぉ! 小崎翠くんっていうの! もし都会に住んでたら、きっと芸能界にスカウトされまくったでしょうね〜!」
結莉乃「大袈裟だってば! ……まあ、確かにカッコいいけど……」
陽介「ふーん……」
陽介は特に何も言わなかったが、何か引っかかる様子。
しかし追及はせず、「朝課外だから早めに出るね」と学校に向かってしまった。
⚪︎場所:教室(昼)
四時間目の授業終了間際、激しく後悔し始めた結莉乃。
結莉乃(やばい……何でお弁当なんか作っちゃったんだろ……)
(今どきカノジョ(仮)の手作り弁当とかどうなの、衛生的に嫌がられたりしない?)
(しかもこんなの、たとえ嫌でも渡されたら断りにくいし……うう、やっぱ渡すのやめようかな……)
躊躇しているうちにチャイムが鳴り、昼休みになる。
さらに追い詰められる結莉乃。
結莉乃(どうしよう……渡すなら早く渡さないと。先に購買行っちゃうかもだし)
ついに意を決し、小崎のいる教室へ向かうことに。
→廊下に出て歩く。
→その時、非常階段のところに人影が見える。
結莉乃(あれ? もしかして小崎くんかな)
できれば人のいないところで弁当を渡したいと考え、結莉乃も非常階段へ。
⚪︎場所:非常階段
非常階段に出ると、そこには誰もいない。
結莉乃「あれ? 確かにさっき、誰かいたのに……」
ふと階段の下を見る。
→下の踊り場に加賀が倒れている。
結莉乃「ええ!? 加賀くん!?」
加賀「う……」
結莉乃「どうしたの!? 大丈夫!?」
慌てて駆け寄って声をかける。
加賀は目を覚まし、立ちあがろうとしたが、ふらふらと階段に座り込んだ。
(顔は青白く、目尻にはクマ、踊り場には参考書やノートが散らばっている)
結莉乃「す、すごく体調悪そうだよ……保健室行く? 手からも血が出てるし……」
加賀「……行かねー……放っとけよ……」
結莉乃「何言ってんの、こんな状況で放っとけるわけないでしょ! 階段から落ちたの?」
加賀「別に……ちょっとフラついただけだ……どうってことない……」
強がる加賀。
その時、加賀のお腹が『ぐぅぅぅー』と音を立てる。
→きょとんとする結莉乃。
→加賀は顔を赤くする。
結莉乃「……お腹空いてるの?」
加賀「っ、はあ!? バカじゃねーの!? 何も聞こえませんけどっ!?」
結莉乃「別に私、お腹の空き具合を聞いただけで、音が聞こえたとは言ってないけど……」
加賀「〜〜っ……!」
言葉に詰まり、加賀は顔を逸らす。
(加賀の手元にも足元にも、昼食らしきものはない)
結莉乃「ご飯は? 何か食べた?」
加賀「……昨日のカロリーメイト」
結莉乃「え!? 昨日持ってたアレ!? アレしか食べてないの!?」
加賀「うっせーな、食う暇ねえんだよ。寝食なんか忘れて勉強しねーと、小崎に勝てないだろ……」
弱々しくこぼす加賀。
→どうやら小崎に成績が負けたことで自分を追い込んでいる様子。
そこまで躍起にならなくても……と結莉乃は眉尻を下げる。
そして、少しだけ迷い、結莉乃は小崎のために作った弁当を加賀に差し出す。
結莉乃「これ、よかったら食べて」
加賀「……は?」
結莉乃「わ、私の手作りだから、ちょっと嫌かもしれないけど……でも、少しでも食べた方が、きっと頭の回転良くなると思うし」
加賀「……」
加賀は黙って受け取り、弁当のフタを開ける。
卵焼き、肉団子、ポテトサラダなど……色々入っているお弁当に加賀のお腹がまた『ぐうう』と鳴る。
加賀「……これ、あんたが作ったのか?」
結莉乃「うっ……あ、あの……あんまり見ないでほしいというか……」
加賀「つーか、おかずしか入ってなくね? 米は?」
結莉乃「あ、それは、ええと……。実は、元々別の人にあげようと思ってたんだよね。でもその人、お昼は炭水化物食べないようにしてるみたいだったから、米は入れない方がいいかなって」
加賀「ポテサラは炭水化物だろ」
結莉乃「ええっ!?」
ガーン、とショックを受ける結莉乃。
加賀は早口で芋の成分について講釈を垂れる。
加賀「芋のほとんどはデンプン質、つまり炭水化物だ。じゃがいもは多糖類に属す野菜で脂質やタンパク質よりも遥かに多く糖質が含まれているしそれは吸収速度が緩やかに進むから米やパンのように腹持ちもする。江戸時代は大飢饉を芋で乗り越えたこともあるぐらい芋ってのは腹に溜まるもんなんだぞ? 炭水化物を抜いてるヤツに渡す弁当のおかずにポテサラなんてもってのほか、明らかにチョイスミスだ、ほぼ米みたいなものなんだからな」
結莉乃(なんかめっちゃ喋り出した)
加賀の知識披露に圧倒されていると、やがて加賀はハッと我に返る。
加賀「……あ、いや、別に、そういうことが言いたかったわけじゃなくて」
なんとなく気まずそうな加賀。
加賀「……お前、小崎のカノジョだろ? これだって、本当はアイツに渡す弁当だったんじゃねーのかよ」
結莉乃「ええと、まあ、最初はそのつもりだったんだけど……別に約束したわけじゃなくて、勝手に作っただけだから。喜んでくれるとも限らないし」
結莉乃は苦笑いし、踊り場に落ちていた参考書を拾い集める。
結莉乃「それに、昨日小崎くんも言ってたでしょ。加賀くんは頑張りすぎだって」
「私はあなたのことよく知らないけど、その顔見てると、私もそう思うよ」
加賀「……」
結莉乃「倒れるぐらい疲れてるなら、ちょっとだけ休憩してもいいんじゃないかな。体壊したら元も子もないよ、少しでいいから肩の力抜こう」
拾った参考書を渡し、結莉乃は加賀から離れる。
結莉乃「そのお弁当、いらなかったらそのまま返しにきて。加賀くんって一組なんだよね? 私、二組だから」
加賀「……クラス分かっても、お前の名前分かんねーよ」
結莉乃「あ、そっか。川村です。川村結莉乃」
加賀「……ふーん」
名前を名乗り、非常階段を出ようとする結莉乃。
しかし加賀が呼び止める。
加賀「あのさ」
「……昨日、ぶつかって転ばせて悪かった。ごめん」
結莉乃は一瞬キョトンとするが、すぐ笑顔に。
結莉乃「ううん! 気にしないで。それじゃ!」
(なんか、加賀くんって、意外と悪い人じゃないのかも)
⚪︎場所:廊下
教室に戻ろうとする結莉乃。
すると前から小崎の姿が。
小崎「あ! いた! 川村さん、一緒にメシ食お!」
駆け寄ってくる小崎の手にはサラダチキン。
結莉乃ちょっとだけ胸が痛む。
結莉乃「……うん。そうだね」
小崎「あれ? いつも嫌がんのに、今日はやけに素直じゃん」
結莉乃「え? そ、そうかな~」
小崎「ハッ、もしかしてついに俺と正式に将来を誓い合っ」
結莉乃「やっぱりひとりで食べる」
小崎「うそうそうそ! 冗談です、一緒に食べよ!!」
⚪︎一方その頃、非常階段(加賀)
結莉乃が去ったあと、加賀は弁当を食べる。
→おかずを口に運びながら、あまり表情は変わらないが、何となく嬉しそうな表情。
しかし、プチトマトに刺してあったピックがハートの形をしているのを見つける。
加賀「……チッ……」
本来は小崎のために作られた弁当であることを思い出し、加賀は面白くなさそうに舌打ちをこぼすのだった。
第4話/終わり