【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている
5 小崎くんとヤキモチ
⚪︎場所:教室(放課後)
一日を終え、帰り支度する結莉乃。
いつもより大きめのトートバッグ。
余ったスペースを見て弁当のことを思い出す。
結莉乃(そういえば、加賀くん、お弁当食べたのかな。結局返しに来なかったけど)
(でも、あれ、陽介の弁当箱だし、返してもらわないと困るんだよね……加賀くんのクラスに行ってみるべき?)
迷っていると、不意に廊下から女子たちの黄色い悲鳴が。
結莉乃も廊下に出て窓へと近づいてみれば、窓の外(昇降口の外)に小崎を中心とする派手なグループの姿が見えた。
→彼らは女子に囲まれ、楽しそうに話している。
→小崎も女子に絡まれていた。
結莉乃(小崎くんって、やっぱり人気者だなあ)(私とは何もかも違う……)
小崎が可愛い女子に話しかけられている姿を見て、なぜか胸がモヤっとする結莉乃。
結莉乃(何よ、私の彼氏のくせに──)
だが、そこまで考えたところでそっとかぶりを振り、自分を戒める。
結莉乃(い、いやいや、何考えてるんだか。別に彼氏じゃないし、小崎くんは私ひとりのものじゃない)
(本当に付き合ってるわけでもないんだから……)
その時、結莉乃は小崎と目が合った。
ぎくりと背筋を冷やす結莉乃。
小崎は結莉乃を見つけた途端にキラキラと目を輝かせる。
小崎「あっ!! 川村さん!! 俺の可愛いマイスイートベイビー川村さぁぁん!! 君の視線だけで米一升食べられる!!」
結莉乃「ちょっ……そういうの大声で叫ぶな!」
百年の恋も覚めるような豹変ぶりに、結莉乃は顔を赤くして目尻を吊り上げる。
どこまで残念なイケメンなんだ……と呆れていると、それまで小崎に話しかけていた女子たちとも目が合った。
彼女たちは皆一様に、面白くなさそうな、つまらなさそうな目で結莉乃を見ている。
結莉乃は狼狽え、何となく罪悪感を覚えて、ぎこちなく目を逸らした。
結莉乃(う……やっぱり私、小崎くんのことを本当に好きな子たちから見たら、すごく目障りだよね……)
(いつか抹殺されるのでは……うう、胃が痛い……)
やはりすぐに別れるべきだ、と自分に言い聞かせる結莉乃。
だが、もし別れたら、あの女子たちの誰かが小崎と付き合うのだろうか……と考えると気が重くなった。
結莉乃(なんか、やだな)
心の内側がモヤモヤ。
ふと窓の外に再び目を向けると、なぜか小崎がいない。
結莉乃「ん? あれ? 小崎くん、どこに……」
小崎「ぼく小崎くん。いま君の後ろからそっと君を抱きしめる」
結莉乃「ギャーーー!!」
いつの間にか真後ろにいた小崎にそっと抱き寄せられ、結莉乃は思わず叫んでしまう。
結莉乃「怖!! こっわ!! 心臓止まるかと思ったでしょ、いつ移動したのよ!!」
小崎「えー? 川村さんが窓の外見てぼんやりしてる間に全力疾走してきたよ? 川村さんを目の前にぶら下げられたら百メートル走も三秒で走ってみせるから俺」
結莉乃「馬か!? 運動神経の無駄遣いするな!!」
廊下で騒いでいると、窓の外から友人たちの呼び声がかかる。
あみり「翠〜、うちらもう帰るよー」
小崎「おー。じゃあねー」
あみり「川村さんもばいばーい、また明日ーっ」
人懐っこいあみりは、他の派手な友達と共に手を振った。
小崎は結莉乃にくっつきながら友人たちを見送る。
(二人羽織みたいな感じで結莉乃にのしかかったまま、結莉乃の手を持って手を振らせる)
結莉乃「お、重いよ、小崎くん」
小崎「川村さんへの愛が俺の全身に詰まってるから仕方ないね」
結莉乃(たしかに愛も重いけど……)
小崎「それより川村さん、さっきなんか思いつめた顔してたでしょ。なんかあった?」
意外と察しのいい小崎。
結莉乃は目を泳がせる。
結莉乃「べ、別に……」
小崎「ふーん?」
結莉乃(あなたが他の女の子と楽しそうに喋ってたからモヤモヤしてました、なんて言えるわけない……)
複雑な表情で黙り込み、いまだにくっついている小崎を睨む。
結莉乃「もう、それより離れてよ! ここ廊下だよ、目立つからやめてってば……」
小崎「川村さんの質感を少しでも俺の肌に保存しておきたくて」
結莉乃「また意味のわからないことを……」
加賀「──見つけた」
と、その時。二人の会話に加賀が割り込んだ。
加賀「結莉乃」
続いて下の名前で呼び捨てにされ、結莉乃は固まる。
小崎も目を見開いて言葉を詰まらせる。
加賀は何事もなかったかのように平然と二人の元に歩み寄り、硬直している結莉乃に空の弁当箱を返した。
加賀「これ、どーも。洗っといた。ごちそーさま」
結莉乃「……へ……? あ、は、はい、お粗末さまでした……」
加賀「あんた、料理うまいじゃん。結構うまかった。特にポテサラ」
ずいと顔を近付けてくる加賀。
ダラダラと冷や汗が出る結莉乃。
結莉乃(ままま待って加賀くん、今ここでその話されるとまずい!!)
結莉乃は小崎に弁当の件を話していない。
変な誤解を与えてしまうと危ぶんだが、小崎は黙っている。
→加賀はニヤリと笑って挑発的に小崎を見た。
加賀「あれ? いたんだ、小崎。悪ィな、いま俺、結莉乃のことしか見えてなくて」
結莉乃(ていうか何で〝結莉乃〟って呼んでんのこの人!?)
加賀「小崎も結莉乃に弁当作ってもらえば? あ、でもお前、炭水化物抜いてんだっけ? じゃあ残念だったなァ、結莉乃のポテサラめちゃくちゃうまいのに。なあ? 結莉乃」
結莉乃(加賀くんーー!! 絶対わざとやってるでしょアンタ!!)
(どうしよう、このままじゃ小崎くんがヤキモチ妬いて暴動起こしちゃうよ……!)
結莉乃の脳内に釘バットを持ち出して大暴れする小崎のイメージが浮かび上がる。
ニヤつきながら挑発する加賀は、オロオロと青ざめる結莉乃を見てフッと笑った。
加賀「おいおい、そんな顔すんなよ、結莉乃。俺がまた食べてやるから──」
そう言いながら、加賀が結莉乃に触れようとした瞬間。
その手をパシッと小崎が掴む。
加賀「!」
結莉乃「!!」(暴動だと思って青ざめる。
小崎「加賀……」
俯きがちな小崎。表情は見えない。
しかしすぐに顔を上げる。
小崎「お前、ちゃんと昼メシ食ったんだな!」
加賀「……は?」
小崎は笑顔。思ったより動じていない様子。
→加賀は呆気に取られる。
小崎「いやー、顔色よくなったじゃん! よかったよかった! お前さあ、あんま無茶すんなよ? 何事も体が資本だろ?」
加賀「……っ」
小崎「それにしても、昨日あんな態度取った加賀くんにまで優しくお弁当食べさせてあげるとか、川村さんってマジ女神じゃない? 天使さまかな〜? はあ〜、さすが川村さん。俺のエンジェル〜」
小崎はいつも通りにおどけながら、結莉乃にギュッと抱きついてくる。
それを見た加賀は面白くなさそうに舌打ちし、背を向けた。
加賀「チッ……んだよ、クソ……」
小崎「あっ、おい! それよりお前、昨日の件はちゃんと川村さんに謝ったのか!?」
加賀「うっせーな、謝ったっての! もういい、さっさとどっか行けバカップルが!」
悪態をついて離れていく加賀。
小崎はやれやれと嘆息し、笑顔で結莉乃の手を引いた。
小崎「お騒がせしてごめんね、川村さん。帰ろっか。家まで送るよ」
結莉乃「……あ、う、うん」
てっきり小崎がヤキモチを妬くだろうと思っていた結莉乃は、あまりにいつも通りの態度の彼に、少しだけ落胆。
複雑な気持ちになる。
結莉乃(わ、私、何を勝手に、『小崎くんならヤキモチ妬くはず』って思ってたんだろ……はずかし、自意識過剰じゃん……)
(私は、小崎くんが他の女の子に話しかけられてるの見た時、少しだけ嫌だったのにな……)
これではまるで、自分の方が小崎に恋焦がれているみたいじゃないか。
結莉乃はそんなわけないとかぶりを振り、けれどまだモヤモヤと胸に引っ掛かりを残したまま、帰路をたどった。
⚪︎場所:河川敷(夕方)
何となく気分が晴れないまま河川敷までたどり着き、結莉乃は足を止める。
結莉乃「ここまででいいよ、小崎くん。小崎くんの家、逆方向だし」
一歩前を歩いていた小崎は、きょとんとした不思議そうな表情で振り向く。
小崎「え? でも、川村さん家もうすぐじゃん。最後まで送るよ?」
結莉乃「ううん、大丈夫。その……ちょっと、お買い物あるの思い出して。スーパー寄るから……」
適当な言い訳。
小崎はしばらく黙ったが、やがて笑顔に。
小崎「……そっか。わかった。じゃあ、ここで」
結莉乃「うん。……またね」
笑顔で別れる。
しかし結莉乃はとぼとぼと数歩だけ歩き、また足を止めた。
結莉乃(変に思われたかなあ……なに拗ねてるの、私ったら……)
(ていうか私、何をこんなにショック受けてるんだろう)
(まるで小崎くんが妬いてくれるの期待してたみたいじゃない……)
(やっぱり本当は、私のことそんなに好きじゃないのかな)
結莉乃は落ち込み、昨日の小崎が『あれぐらいで嫉妬するほど心狭くない』と言っていたことを思い出す。
結莉乃(女の子と喋ってる小崎くんにモヤモヤしちゃう私って、心狭いの……?)
山の向こうに沈んでいく太陽を見つめて目を細める。
小崎はやはり太陽に似ていると思った。
──目に見えるものなのに、眩しくて長く直視できない。
──まるでこちらを見るなと、拒まれているみたいに。
結莉乃(やっぱり、私なんかじゃ……)
俯いたその時、不意に後ろから腕を強く引かれる。
驚いて振り返った先には、息を上げて(走って)戻ってきた小崎の姿が。
結莉乃「……え!? 小崎くん、何で──」
小崎「──あの弁当なに」
小崎は結莉乃の声をさえぎって食い気味にたずねる。
→結莉乃は目を見開く。
結莉乃「弁当、って……」
小崎「加賀が持ってきた弁当。あれ何なの? アイツのためにわざわざ弁当作ったってこと? いつのまにアイツと仲良くなった? もしかして脅されたりした?」
「……何で、アイツから、下の名前で呼ばれてんの……?」
握られた手に力がこもる。
小崎は先ほどまでの余裕の表情が嘘だったかのように切羽詰まった顔をしている。
→結莉乃は驚いて硬直。
小崎「……ごめん、俺、マジでだせーことしてるよな」
「余裕ぶろうとしたけど、やっぱ無理だった」
「これじゃ加賀の思う壺だよ。こんなことで、まんまと妬いて、本当にダッサ……」
小崎は力なくこぼし、結莉乃を抱き寄せる。
結莉乃は驚きつつも、抵抗しない。
小崎「何も聞かずに忘れようと思ったけど、ダメだ……。説明して、ちゃんと……」
結莉乃「せ、説明……?」
小崎「うん。……もし、川村さんが加賀のことを好きとかだったら、俺──」
結莉乃「いやいや、そんなわけない!」
全力で否定する結莉乃。
今度は小崎が驚く。
結莉乃は一連の流れを説明する。
結莉乃「こ、今回のお弁当の件は、本当にたまたまだったの! 非常階段に人影が見えたから、小崎くんだと思って、追いかけたんだけど、そしたら加賀くんが倒れてて……」
小崎「……」
結莉乃「顔色悪いし、怪我してるし、お腹すいてるみたいだったから……放っておけなくて、持ってたお弁当、加賀くんに……」
小崎「え、何それ」
ずいっと顔を近付けてくる小崎。
一瞬怒っているのかと思ったが、目が合った彼の瞳は輝き、期待に満ちている。
小崎「ってことは、その弁当、最初は俺のとこに持ってくる予定だったってこと? 非常階段にいたのが俺だと思って追いかけたんでしょ?」
結莉乃「えっ? う、うん……」
小崎「へえ〜? ふ〜ん? じゃあさ、その弁当って、本当は誰のために作った弁当だったわけ? ん?」
結莉乃(うぐ……もう分かってるくせに……)
答えを確信していながら、あえて言わせようとする小崎。
結莉乃は頬を赤らめる。
結莉乃「……こ……」
小崎「こ?」
結莉乃「こ、小崎くんの、ために……」
小崎「小崎くんのために? 早起きして? 溢れんばかりの愛情をたっぷりと込めて? 小崎くんと一緒に築き上げる明るく幸せな未来の家庭を思い浮かべながら?」
結莉乃「勝手に変なストーリー作るな」
小崎「冗談だよ」
くすくすと笑う小崎。
→すっかりいつも通りに。
結莉乃は赤い顔でむくれる。
小崎「なーんだぁ、嫉妬で死ぬかと思ったけど、詳細聞いてスッキリした。むしろ川村さんがやっぱ天使すぎて最高じゃん、そりゃ見捨てらんないよね目の前に人が倒れてたら」
結莉乃「……まあ……」
小崎「はー、ごめんね、俺心狭くて。こういう妬み嫉みみたいなカッコ悪いとこ、あんま見せたくなかったんだけどな」
結莉乃(普段の残念なところは見せていいんだ……)
普段のおかしな小崎の様子を思い浮かべながら内心ツッコミ。
しかし、やや俯きながら結莉乃も白状する。
結莉乃「……私も、心狭いよ」
小崎「ん? 何?」
結莉乃「ううん、なんでもない」
みなまで言わずそっぽを向いた結莉乃。
やがて小崎は愛おしげに微笑んで、結莉乃の耳元に唇を寄せた。
小崎「また明日ね、結莉乃」
突然下の名前で呼ばれ、結莉乃はさらに真っ赤に。
(動揺をあらわにしつつ恥ずかしそうに小崎を見る)
小崎は満足げ。
小崎「加賀に色々先越されたのはムカつくけど、多分アイツじゃ、結莉乃のこんな顔は見れないな」
結莉乃「……っ、や、やだ、変な感じするから下の名前で呼ぶのやめて」
小崎「えー、結莉乃って名前可愛くて好きだよ俺」
結莉乃「そういう問題じゃなくて……」
するとその時、近くで足音がする。
陽介「……何してんの」
ギクッ。
聞き慣れた声に肩を跳ねさせ、小崎から咄嗟に離れる結莉乃。
声をかけてきたのは弟の陽介だった。
結莉乃「なっ、ちょ、どうしてここに……!」
小崎「知り合い?」
結莉乃「あ、えと、その……こちら、弟の陽介です……」
小崎「え、弟!?」
弟、と聞いた瞬間に目を見開き、嬉しそうに頬を綻ばせる小崎。
→しかし、陽介は冷たい表情。
小崎「うわあ、マジかあ、弟くん! どうもお世話になっております、お姉さんと末永くお付き合いさせていただき幸せな家庭を築く予定の小崎です! 会えて嬉しいよ!」
結莉乃「ちょっと、余計なこと言わないでよ!」
陽介「……」
陽介はじっと小崎を観察する。
陽介「……やっぱ、こういうタイプか」
ぼそりと呟き、陽介は結莉乃の腕を掴んだ。
陽介「……どうも、川村陽介です。姉ちゃんを送ってくれて助かります。あとは俺が連れて帰るんで、さよなら」
結莉乃「へ」
陽介「ほら行くよ、姉ちゃん」
結莉乃「え!? ちょ、ちょっと、陽介!」
そっけなく言い放ち、陽介は結莉乃を連れて小崎から引き離す。
陽介は牽制するように小崎を睨み、結莉乃を連れていってしまった。
→小崎はきょとんとしていたが、やがて頬を緩める。
小崎「……ふーん」
小崎は呟き、陽介と結莉乃を見つめて目を細めるのだった。
第5話/終わり