【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている
6 小崎くんと家庭教師
⚪︎場所:家のお風呂
風呂に浸かる結莉乃。
小崎のことを考えてドキドキしてしまう。
結莉乃(こ、小崎くんの切羽詰まった顔、初めて見たかも……)
(あんなふうにちゃんとヤキモチ妬いてくれるんだ……)
なんとなく嬉しくなるが、やはり本当の恋人になるのは抵抗がある。
少しずつ小崎の存在が大きくなる中、結莉乃は陽介のことを思い出す。
結莉乃(そういえば、陽介ったら、何で私のこと連れて帰ったんだろう。どうしたのか聞いても『別に』だけだったし)
(もしかして反抗期……? まあ、中三だし、思春期だもんねえ)
結莉乃はため息を吐き、弟の小さかった頃を思い返す。
結莉乃(あんなに小さくて泣き虫だったのに、もう中三かあ……来年は高校生。背も追い越されちゃったし、なんか寂しい)
(体も弱かったのに、いつのまにか立派になって……)
過去を懐かしむ結莉乃。
→回想へ。
〈過去回想〉
⚪︎場所:病院
結莉乃/7歳、陽介/5歳。
幼いころの陽介は喘息持ちで、よく入院していた。
結莉乃は陽介の回復を願い、折り紙でいつも鶴を作っていた。
→しかし、その鶴はどこかおかしい。なんかへたくそ。
→中を開くと『はやくげんきになりますように』と書いてある。
結莉乃「鶴を千個折るとね、病気やケガなんかぜーんぶ消えちゃうんだって」
「大丈夫だよ、陽介。おねえちゃんがたくさん鶴を折って、神さまにお願いごとするからね!」
陽介の頭をよしよしと撫でる結莉乃。
本当は母親がずっと弟につきっきりのために寂しい思いをしていたが、口には出さず、病室や待合室で鶴をたくさん折っていた。
⚪︎場所:休憩スペース
いつも通りに鶴を折っていると、近くで誰かが転ぶ。
??「痛っ……」
松葉杖をついた、同じ年頃の男の子。
どうやら転んでしまったようで、結莉乃は咄嗟に駆け寄った。
結莉乃「ねえ、大丈夫?」
どこか暗い表情をした彼と、結莉乃は目が合う。
その男の子は右目の上を怪我しているのか、額にガーゼと包帯を巻き、涙目で結莉乃を見つめていた。
[★この辺りは後々の展開の伏線]
〈回想終わり〉
結莉乃(あれ? そういえば私、あの頃、誰かと話をしたような──)
母「結莉乃ー、アンタまだお風呂入ってるの? 陽介が入れないでしょ、早くしなさーい」
結莉乃「あっ……ご、ごめん! すぐ出る!」
結莉乃は慌ただしく風呂を出た。
⚪︎場所:リビング
風呂上がりにリビングへ出ると、母と陽介が話をしている。
陽介「だから、別に大丈夫だって。そこまでしなくても」
母「でもねえ、アンタ、今まで部活ばっかりで勉強ろくにしてこなかったじゃない? やっぱり夏だけでも家庭教師にお願いした方が……」
陽介「そんなんいらないって。偏差値高いとこ目指すわけでもあるまいし」
母「それはそうだけど、あんたの成績じゃ少し心配というか……」
陽介「もういいから。俺、風呂入る」
何やら揉めている様子。
→陽介は結莉乃と入れ違いで風呂場へ。
結莉乃「な、何事?」
母「陽介の受験のこと〜」
母がため息混じりに語る。
母「ほら、陽介、六月いっぱいで剣道部引退したでしょ? もうすぐ夏休みだけど、部活もないし、本格的に受験の準備しないとと思ってね」
結莉乃「ああ……」
母「実はあの子、あんまり成績良くないのよ〜。だから家庭教師を雇おうかと思ったんだけど、あんまり乗り気じゃないみたいで」
なんとなく状況を悟った結莉乃。
母は困り顔だ。
母「ねえ、結莉乃、休みの日とか暇でしょう? 少しでいいから陽介の勉強見てあげられない?」
結莉乃「ええ? ムリムリ、私は誰かに勉強教えられるほど頭良くないよ」
母「ん〜、そうよねえ……。誰かいないかしら、頭が良くて、教えるの上手そうな子」
母の問いかけに、結莉乃の脳裏にある人物が浮かぶ。
結莉乃「……あ」
母「ん?」
結莉乃「一人、いるかも……適任が……」
〈場面転換/数日後〉
⚪︎場所:家の玄関(休みの日・昼)
小崎「どうも〜! 呼ばれて飛び出て小崎でーすっ! お邪魔しまっす!」
母「きゃぁ〜っ!! 小崎く〜ん! いらっしゃーい!」
休日に呼ばれたのは小崎。
母はすっかり小崎にメロメロ。
→『小崎くんLOVE♡』『ウィンクして♡』『息子になって♡』などと書かれたうちわやハチマキで大歓迎。
小崎はピシッと背筋を伸ばして紳士的にお辞儀。
小崎「ああっ、これはこれは、お義母さま! その節は結莉乃さんというかけがえのない宝をこの世に産み落として下さり本当にありがとうございました! あなたこそが聖母! 天地創造の女神!!」
母「きゃ〜〜〜っ、照れちゃう〜っ!!」
結莉乃「近所迷惑だからやめて」
早々からうるさい小崎と母に呆れる結莉乃。
面食いの母はすっかり小崎のファンであり、イケメンに褒められてご満悦。
母「ごめんねえ、小崎くん。お休みなのにわざわざ呼び出して、息子の勉強見てもらうことになっちゃって〜」
小崎「いえいえお気になさらず! 結莉乃さんの弟さんのためならば何のその! もはや俺の弟ってことですし!」
結莉乃「違うでしょ」
すかさず否定するが、小崎は動じない。
そうこうしていると、二階から陽介が降りてくる。
小崎「あ、陽介くん! この間はろくに挨拶もできなくてごめんね、今日はよろしく」
陽介「……ども」
そっけなく挨拶。
結莉乃は心配になる。
結莉乃(だ、大丈夫かな……。陽介、家庭教師は嫌がってたわりに、小崎くんに頼むこと提案したら意外とすんなり了承したけど……なんか反抗期気味だし……)
愛想のない弟が失礼なこと言わないかどうか不安視する結莉乃。
→弟も心配だが、小崎は小崎で余計な暴走をしそうで不安だった。
結莉乃「ねえ、小崎くん、くれぐれも変なこと言わないでね? 勉強教えるだけだよ?」(小声)
小崎「ふっ、まかせてよ川村さん。俺が将来の義兄にふさわしい男だって全力で証明してみせるから」
結莉乃(不安しかない)
小崎「それじゃあ、部屋に行こっか〜陽介くん。ある程度こっちでも教材そろえてきたし、リラックスして勉強しようね〜」
ぽんぽん、と陽介の肩を叩いてそのまま二階へ。
結莉乃は不安そうに彼らを見送った。
⚪︎場所:陽介の部屋
小崎と陽介だけが部屋の中へ。
(シンプルで綺麗な部屋)
小崎「お、綺麗に片付いてんねえ。えらいじゃん陽介くん」
褒める小崎だが、陽介は無視して机に向かう。
小崎も隣に用意された椅子に腰かける。
小崎「さて、何からやっていこうか? 苦手な科目からやる? それとも得意な科目伸ばす? 最初だし、一旦小テストみたいなことしてもいいかもね。俺、簡単に問題集作ってきたんだけど……」
陽介「言っておくけど」
陽介はノートも開かず、小崎の言葉を遮る。
陽介「俺、アンタに勉強とか教えてもらう気ないんで」
まっすぐに告げる陽介。
小崎は動じず、頬杖をついて陽介を見る。
小崎「ふーん? でも、川村さんが言ってたよ。『家庭教師に教わるのは嫌がってたのに、小崎くんの名前出したらすぐにオーケーしてくれた』って」
陽介「それは本当。勉強は教えてもらう気ないけど、俺はアンタに会って言いたいことがあった」
小崎「へえ! どんな?」
陽介「……姉ちゃんは、アンタなんか好きじゃないって」
陽介は言い切り、小崎を睨む。
陽介「姉ちゃんと別れて」
堂々と要求する陽介に、小崎はしばらく黙り込む。
だが、ややあってにこりと笑顔を作った。
小崎「ヤダ」
即答する小崎。
→陽介はフンと鼻を鳴らす。
陽介「……動揺どころか、躊躇ひとつしないんだ」
小崎「そりゃ迷うわけないでしょ、川村さんのこと好きなんだもん」
陽介「どうだか。口では何とでも言えるし、アンタみたいに外面が良いヤツはそもそも信用できない」
小崎「ははっ、よく言われる」
小崎は余裕のある表情を崩さない。
小崎「でもまあ、そうだね。ぽっと出の男がいきなり彼氏ヅラしてきちゃ、そう易々と信用できるわけないかぁ。勉強教えてもらいたくないってのも分かる」
陽介「それはお互いさまでしょ。アンタだって俺の相手なんて面倒なはずだ。姉ちゃんに頼まれたから嫌々来てるだけでしょ」
小崎「いや? それは違うな。川村さんのこと好きなのはもちろんだけど、俺は君のことも好きだから、嫌ではないよ」
陽介「はあ?」
訝しげな陽介。
→小崎はどこか懐かしむように目を細めて視線を逸らす。
小崎「んー、でも、好きってのはちょっと違うか。どちらかというと憧れかな」
陽介「……?」
小崎「俺には、君のことが眩しく見えてたよ。まるで太陽みたいにさ」
小崎の視線の先には、陽介の部屋に飾られた不恰好な千羽鶴。
→幼い頃、陽介のために結莉乃が折ったもの。ボロボロになっているが、まだ陽介の部屋に飾られている。
[★この辺りは後々の展開の伏線]
陽介「……アンタ、何言ってんの? 俺とアンタは、この前会ったばっかりじゃん」
陽介はいまだに怪訝な顔だ。
小崎はぱっと明るい笑顔を向ける。
小崎「あはは、そだね! ほらぁ、この前河川敷で会った時ってさ、夕暮れだったじゃん? だから君が西陽に照らされて、超絶眩しく見えてたっていうか〜」
陽介「……」
小崎「まあまあ、俺のこと気に入らないのはよく分かるけどさ。せっかく来たわけだし、少しだけでも俺に家庭教師させてよ。別にマイナスにはならないだろうからさ。ダメ?」
にこやかな小崎。
陽介は警戒心むき出しで睨む。
陽介(何だよコイツ、何考えてるか全然わかんねー。気に入らねー)
(母ちゃんも姉ちゃんも騙されてんだ。コイツの顔と外面の良さに)
(特に姉ちゃんは、押しに弱いから……)
→回想へ。
〈過去回想〉
⚪︎場所:帰り道。外。
中学時代の結莉乃(中二)の後ろ姿。(セーラー服、メガネ、黒髪)
女子たちから陰口を叩かれている。
女子A「知ってる? 植原くんと川村さん、昨日一緒に帰ってたって」
女子B「えー、川村さんってあの地味な? ていうか、植原くんって彼女いなかった?」
女子C「遊ばれてるだけでしょー、植原くん外面よくて口うまいし、勘違いしてんだよ」
女子A「川村さんって押しに弱くて委員会とかも押し付けられがちだしね〜。甘い言葉かけられただけで勘違いしそー」
女子B「ほんとに付き合ってたらウケるけどね、釣り合わなさすぎて」
けらけらと笑う女子たち。
植原という男子は、見た目こそイケメンだったが、チャラいことで有名だった。
小六だった陽介は偶然その話を聞いてしまい、姉がバカにされていると感じて悔しそうに下唇を噛む。
そのランドセルには、ボロボロになった折り鶴が一羽だけ揺れている。
⚪︎場所:自宅
陽介「姉ちゃん」
家に帰り、陽介は結莉乃に呼びかける。
陽介は複雑な顔で問いかけた。
陽介「彼氏、できたの?」
結莉乃「……ううん、大丈夫」
にこりと微笑む結莉乃。
結莉乃「もう、別れたよ」
その切なげな笑顔を、陽介はまだ覚えている。
〈回想終わり〉
恨めしげに小崎を睨む陽介。
過去に結莉乃を弄んだ植原と小崎を重ねている。
陽介(どうせコイツも、姉ちゃんをもてあそんでるだけだ)
(俺が絶対に本性を暴き出して、姉ちゃんの目を覚まさせてやる)
睨みつけてくる陽介。
その敵意をひしひしと感じ取りながら、小崎は優しく微笑むのだった。
第6話/終わり