【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている

7 小崎くんは人たらし


⚪︎場所:引き続き陽介の部屋

小崎の指導のもと、勉強している陽介。
小崎は数学の答案を眺めながらうんうんと頷く。

小崎「お、展開と因数分解はできてるね。教えたことすぐに飲み込めてえらいじゃん」
陽介「……あっそ」
小崎「おお! しかも、この範囲の問題、全問正解! やるじゃん陽介くん! さっき間違えたところ全部理解できてる! 覚えが早いね〜、天才かな!」
陽介「ま、まあ、ちょっと考えればこれぐらい余裕──」
(──じゃねえよ!! なに言われるがまま普通に問題解いてんだ俺は!!)

ぐりんっ、と小崎から顔を逸らし、悔しげに歯噛みする陽介。
→小崎はニコニコしている。
→余裕そうな態度がなおさら気に食わない陽介。

陽介(くっ、コイツ、悔しいがめちゃくちゃ教え方が分かりやすい……! 授業じゃ理解不能だった数学の公式をいい感じの例えですんなりと分からせて来やがる……!)
小崎「いやあ、こんなに理解が早いなんてマジですごい! 助けに来たつもりだったのに、むしろ俺が助けられちゃってるな〜。きっと元々の地頭がよくてスポンジみたいに何でも吸収できちゃうんだね。俺の同級生なんかより全然賢いよ。まあ話し方から頭の回転が早いんだろうな〜っていうのは分かってたんだけど、俺の予想を超えて物覚えが良いってのが再認識できて嬉しいわ」
陽介(しかもコイツめちゃくちゃ褒めるのうめえじゃん!! 何だよマジで! 気持ちよくなっちまうだろやめろ!!)

頬を赤らめる陽介は脳内だけで葛藤しつつ、小崎から顔を背け続ける。
小崎は相変わらずニコニコと陽介の横顔を見ている。

小崎「そうだ陽介くん。もし全問正解できたらあげようと思って、ご褒美も用意してきたんだよね」
陽介「……はあ? ご褒美?」
(どうせお菓子とかだろ。ガキ扱いするなよな)

小崎「そう。これ」

小崎が取り出したのはスマホ。
そこにはとある有名なソシャゲの画面が表示されており、今では手に入らない超レアなモンスターが映っていた。

陽介「!!!」

陽介、目を見開いてガン見。

小崎「陽介くん、このゲームにハマってんでしょ? 川村さんに聞いたんだけど、俺も好きでさー」
陽介「……!」
小崎「先月までの限定モンスターがゲットできなくて落ち込んでたって聞いたから、俺の一匹あげようかなと思って。二匹持ってんだよね〜」
陽介「……っ! ……!!」(言葉にならない。
小崎「ゲームのフレンドコード教えてよ、モンスター交換しよ。あ、そうだ、このアイテムもいる? 余ってるから」
陽介「い、い、いらな……うぐ……!」

レアアイテムを次々と見せつけてくる小崎に、陽介の心が揺らぐ。

陽介(だ、騙されるな、これは罠だ! こんな姑息な手に引っかかるもんか! レアモンスターの誘惑ごときに、俺は絶対屈しな──)

〈五分後〉

モンスター譲渡。

陽介「ぅおわあああ! 黄金怪魚マグトロン(※モンスターの名前)!! もう一生手に入らないかと思ってたぁぁ!」
小崎「そいついいよ、『魚雷光線』とか覚えるからボス周回めっちゃラクになる」
陽介「マジ!? S級ダンジョンとかでも使える!?」
小崎「使える使える。つーか、俺でよかったら周回手伝うし。あそこめんどいよね〜」
陽介「そうなんだよ、あのダンジョンって道が複雑な上にザコ敵が無限に湧いてくるからすぐ死んじゃって──」
(じゃなァァい!! まんまと誘惑に屈してんじゃねーよ俺ぇぇぇ!!)

頭を抱え、すかさず小崎から距離を取る陽介。
→ギロりと小崎を睨む。

陽介(こ、コイツ、危険だ! こっちが築き上げた壁を容易くぶっ壊して自分の陣地に引きずり込むのがうますぎる!)
(姉ちゃん、なんつー人たらしと付き合ってんだよ! 危うく『好き』って思っちまうとこだったじゃねーか!)

タワーディフェンスゲームっぽいイメージで、笑顔の小崎が禍々しい魔王のように見えている陽介。
→小崎に悪魔のツノとか翼が生えて、自分の陣地内に侵攻されているイメージ。

ほだされるものかと懸命に抗っていると、小崎がフッと微笑む。

小崎「陽介くんは、ほんとえらいね。そうやって俺を拒絶するところとか見てるとすごい安心するよ」
陽介「……?」
小崎「だって、それだけ自分の姉ちゃんのことを大事に思ってるってことでしょ? 変なやつから守ろうとしてくれてんだもんね。格闘技(・・・)してんのも、姉ちゃんをためなんじゃない?」

格闘技、と言った小崎に、陽介は眉をひそめる。

陽介「か、格闘技って……俺は剣道部だよ。剣道は格闘技じゃなくて、武道だ……」
小崎「でも、剣道だけじゃないだろ? やってるの」

小崎はお見通しだとばかりに断言する。
陽介は言葉を詰まらせた。
小崎は顎に手を当て、探偵さながらに推理し始める。

小崎「んー、中学生だし、柔道とかかな。もしくはレスリング。ボクシングや空手って可能性もあるけど、その線は薄そうだ」
陽介「……何で……」
小崎「片耳が少し腫れて変形してる。餃子耳ってヤツだよ。畳とか床とかに何度も叩きつけられたり、擦りつけた証拠だ。剣道だけじゃそうならない」

小崎は言い切り、優しい笑みを浮かべてさらに続ける。

小崎「陽介くんは努力家なんだね。きっと自主的に柔道部の友達とかに稽古つけてもらってるんだろ? それに剣道も頑張ってる。手のひらもマメだらけだし、多分、足の裏の皮膚も硬くなってるんじゃない? すり足でたくさん怪我したでしょ」
陽介「……」
小崎「それは立派なことだと思うよ、俺は。努力家の手足だ。君は本当にえらい」

ぽん、と頭に手を置かれ、笑顔を向けられる陽介。

小崎「君が、川村さんの弟でよかった。俺の好きな人を守ろうとしてくれて、ありがと」

その瞬間、陽介の脳裏に昔の記憶がよぎる。
→回想へ。


〈陽介の過去回想〉

『彼氏と別れた』と儚げに笑った中二の結莉乃。
彼女は同級生の女子から陰口を叩かれ、バカにされていた。そのことを陽介は悔しく思った。

陽介(姉ちゃんは優しいのに)
(小さい頃から、体の弱い俺を心配して、お見舞いにきて、本当は寂しいくせに我慢して、わがまま言わないで……すごく頑張り屋なのに)
(どうしてそんな姉ちゃんが、バカにされないといけないんだ)
(なんでその彼氏は、姉ちゃんを守ってくれなかったんだ)

小学生の陽介は拳を握り込む。
→結莉乃に向かって宣言する。

陽介「姉ちゃんを守ってくれない彼氏なんか、いらない」
結莉乃「え……?」
陽介「彼氏なんかいなくても、俺が強くなって、姉ちゃんのこと守る」
「もう誰にもバカにされなくていい。俺が守るよ。変な男からも、嫌な女からも」
「姉ちゃんの良さが分からないヤツなんか、みんな、ぶっ倒してやる……」

最後は涙声になる陽介。
結莉乃はきょとんと瞬き、やがておかしそうに笑って頭を撫でる。

結莉乃「ふふっ、なんで陽介が泣くの? 大丈夫だよ、別にショック受けてない。私は平気」
陽介「……だって……」
結莉乃「でも、嬉しい。陽介が私の弟でよかった。私のことを守ろうとしてくれて、ありがと」

優しい表情の結莉乃。
→ランドセルに付けている折り鶴が揺らぐ。

〈回想終わり〉


現在の小崎も、その時の結莉乃と似たような表情で同じようなセリフを言い、陽介の頭を撫でている。

陽介「っ……!」

陽介は急に恥ずかしくなり、小崎の手を振り払った。

陽介「や、やめろよ! お前なんかに褒められても嬉しくないし! 触るなバカ!」
小崎「えー、そんなあ、ショックだな〜」
陽介「嘘つけ! ショックなんて思ってないだろ! へらへらしやがって!」

悪態をつくが、小崎は慈しむような視線を向けてくるばかり。
それは本当に、眩しい太陽を見ているような表情だった。

陽介は悔しく思いながらも、小崎が悪人には見えなくなってしまう。
唇を尖らせつつ、陽介は拗ねたような顔で再び机に向かった。

陽介「……さっさと他の教科も教えろよ」
小崎「!」
陽介「アンタ、俺の家庭教師なんだろ。……俺も受験に落ちたくはないから、少しは真面目に聞いてやる」

ようやく素直になり始め、小崎はフッと口角を上げた。

小崎「オーケー、任せとけ。これが一段落したら、あとで一緒にゲームのダンジョン攻略でもしよっか」
陽介「……弱くて死んだら蹴って置いていくから」
小崎「そりゃ怖い。死体蹴りされないように頑張りまぁす」

小崎は楽しげに肩を竦め、二人の勉強会は続いた。


⚪︎数時間後。場所:自宅一階の玄関。

帰る時間になった小崎を一家でお見送り。
ハラハラした表情の結莉乃。

結莉乃「だ、大丈夫だった? 変なこと言ってない?」(小声。
小崎「とんでもない、陽介くんは超優秀だったよ。さすが川村さんの弟」
結莉乃「陽介じゃなくて、小崎くんがだよ! 陽介に変なこと言ってないでしょうね!?」
小崎「あ、俺かぁ。大丈夫大丈夫。立派に先生してきました」
結莉乃「ほ、本当かなあ……心配……」

半信半疑な結莉乃。
陽介は一番後ろからしばらく黙って見ていたが、やがて自分も靴を履く。

結莉乃「え、陽介? どこか行くの?」
陽介「小崎のこと見送ってくる」
結莉乃「え!? そ、そんなに仲良くなったわけ!?」
陽介「別に。全然」

不服げな顔で答える陽介。
だが、彼は結莉乃の顔をまっすぐと見て続けた。

陽介「でもさ、姉ちゃん」
結莉乃「ん?」
陽介「今回は、いい彼氏見つけたんじゃない? ……ほんのちょっとだけね」

陽介は小さな声で告げる。
驚いた顔で目を見張る結莉乃。
小崎は得意げに笑い、結莉乃に視線を向けた。

小崎「さてと。将来の義兄に一歩前進、ってとこかな」
結莉乃「……あなた、どんな手を使ったの……」
小崎「俺は何もしてないよ? ただ陽介くんがお姉ちゃん思いで──」
陽介「あーっ、もういいから! 早く出ろよ、小崎!」
小崎「はいはい」

陽介は真っ赤な顔で小崎の背中を押し、二人は玄関を出ていく。
結莉乃はぽかんとしていたが、母は笑顔だ。

母「ふふっ、ちゃんと仲良くできたみたいでよかったわね。本当に兄弟みたい」
結莉乃「……まあ、そうだね。今回は、小崎くんの人たらしぶりに感謝かな」

微笑む結莉乃。
陽介が少しだけ心を開いているように見えたのは確かで、彼女はホッと安堵するのだった。


⚪︎場所:外。河川敷付近。

小崎を見送る陽介。
河川敷の近くにきたところで、小崎が振り返る。

小崎「ここまでで大丈夫だよ、陽介くん。あんまり遠くまで連れていくと、川村さんたちが心配しそうだし」
陽介「……ん」

陽介は頷き、気まずそうに俯く。

陽介「あのさあ」
小崎「ん?」
陽介「……俺、正直まだ、アンタのことをちゃんと認められてはいないけど……でも、少なくとも、姉ちゃんが変な騙され方してるわけではないと思った」
「だから、これからも、姉ちゃんのことよろしく」
「……それから、たまにでいいから、俺の家庭教師も続けてくれると助かる……勉強捗ったし……」

小崎「うん、もちろん。喜んで」

手を差し伸べてくる小崎。
陽介はおずおずとその手を握り、握手する。

小崎翠という男は、そこまで悪い男ではないのかもしれない。
姉ちゃんのことを任せられるかもしれない──。

そう思った矢先、小崎は陽介の手を握ったままにこやかに問いかけた。

小崎「ねえ、ところで陽介くん。昨日、お風呂はどんな順番で入った?」
陽介「え? お風呂? どんな順番って……俺は、姉ちゃんの後に入ったけど?」
小崎「ふーん。そっかあ」

その情報を得た瞬間、小崎の目の色が変わり、早口で言葉を投げ始める。

小崎「じゃあいま君の素肌に触れている俺の手は、昨晩お湯に浸かった川村さんから溶け出した皮脂や汗やありとあらゆる細胞組織その他もろもろと間接的に触れ合っているということになるわけだよね」
陽介「……え?」
小崎「つまりこの握手によって、俺は今まさに川村さんと実質共に入浴しているわけですよね」
陽介「は?」
小崎「ということはこれってめちゃくちゃ破廉恥ってことだよね? A超えてB超えてCどころかDってことだよね? 子作りと同義じゃない? ビーナス爆誕じゃない? 生まれたままの川村さんと触れ合ってるってことになるんじゃない? うわ興奮する〜いいなあ俺も川村さんの入浴後のお湯に浸かりたいしむしろお湯になりたいし彼女のすべてを受け止めたいしそのまま排水されて世界の一部と化し川となり海となり水蒸気となり雨となり彼女の上からしとしと降り注いであの滑らかな肌を湿らせたいっていうか」
陽介「ひっ……!」

怒涛の勢いで言葉を並べ立てる小崎のガチな笑顔に怯み、ゾッと寒気に襲われる陽介。
慌てて手を離し、鳥肌を立てながら一歩たじろぐ。

陽介「な、な、な……!? 何を言ってんだよアンタ……!?」
小崎「え? 君のお姉ちゃんの上に降り注いだあと肌に浸透されてひとつになってもう一度洗い流されて排水されたいって話を大真面目にしてただけだけど」
陽介「ひいっ! ま、マジで何言って……ぜ、前言撤回! 前言撤回だ!! アンタやっぱヤバい!! 二度と俺や姉ちゃんに近づくな!!」
小崎「ええっ、無理無理無理、川村さんとの接触禁じられたら俺ショックで気化して雲になっちゃう! ……あれ、でもそしたら雨になって川村さんの体に降り注げちゃうな、俺のせいで濡れちゃう川村さんとか可愛すぎて興奮するよね」
陽介「マジで怖いんだけど!? ね、姉ちゃん助けてぇぇ!!」

 ──帰宅後、陽介に「あんなん別れた方がいい!」「マジで怖かった!」と力強く説得された結莉乃は、電話でしこたま小崎を説教することになるのだった。


第7話/終わり
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